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花を咲かせる風 1

「お疲れさん」 「達哉、さっきは助け船をありがとう」 「いや、俺は別に何もしてないさ」  達哉は照れ臭そうに、明後日の方向を向いてしまった。  彼はいつだってこんな風に、僕を助けてくれる。  あの日も、あの日も……  僕にいい風が吹くように、盾になってくれた大切な友人だ。 「お陰で説法が出来たよ。いい機会だった」  達哉の肩に手を置くと、朗らかに笑ってくれた。 「そうだ、翠たちの家族写真を撮ってやるよ」 「ありがとう、流、薙、こっちで一緒に撮ろう」 「いいのか」  流が少し戸惑っている。 「当たり前だよ」  薙を囲んで、僕と流は並んだ。 「父さんと伯父さんに囲まれて……えっと、こういうの両手に花って言うの?」 「ふふ、父さんを花と? あれ、薙……髪がボサボサだよ。よほど揉みくちゃにされたんだね」 「そうなんだよ。女子が殺気立ってた」 「あーあ、こんなことなら僕が先に薙のボタンをもらえばよかったなぁ」 「……父さん、あのさ、これは避けておいたんだ」 「え?」  薙がポケットから取り出したのは、学ランのボタンだった。 「え?」 「朝、拓人と調べたんだけど、第4ボタンは家族を表しているんだって」 「えっ……いいの?」 「オレさ……父さんと暮らせるようになって良かったよ」 「薙……ありがとう。これは父さんの宝物になるよ」 「いつも大袈裟だな」  薙を囲んで、卒業写真を撮った。 「父さん、流さん、今日は来てくれてありがとう」  薙の優しさが身に沁みた。  言葉に出してもらえるのって、こんなにも安心できるものなのか。  その時、木陰に隠れるように立つ、拓人くんの姿が見えた。  もしかして僕に遠慮しているのだろうか、近づいてこない。  君に罪はない。  大丈夫だよ。 「拓人! 拓人、写真を撮ってもらおうよ」  薙が垣根を越えてくれる。  僕の出来なかったことをしてくれる。 「今度は僕が撮るよ。二人とも並んで」 「あれ? 拓人もボタン全部取られたのか、袈裟姿のお父さんがカッコよかったから、将来有望って言われなかったか」 「……まぁな」 「拓人もカッコよくなるよ」 「そうかな?」 「そうさ!」 「薙……いろいろ世話になったな」 「馬鹿! そうじゃないだろう。これからもずっとずっと、よろしくだよ!」  いいね、薙。  そうやってグイグイ引っぱっておやり。  君の言葉にはパワーがあるよ。  僕の名付けた通りだ。  薙ぎ払え……負の感情を! 「ちょっと待って。達哉と家族写真を撮ってあげる」 「家族写真……ですか」 「そうだよ」  すかさず達哉が拓人くんの肩を抱き寄せた。 「拓人、父さんとも撮ってくれよ。片手の花で悪いが」 「と……と……うさんの袈裟姿はカッコいいから、ひとりで充分だよ」  ようやく達哉を「父さん」と呼べたようだね。 「じゃあ撮るよ」  カシャッ。  この時のシャッター音は、まるでパズルのピースが当てはまったように爽快だった。  それぞれが、それぞれの場所に落ち着いた。  そんな合図のようだった。  中学卒業は人生において、一つの通過点に過ぎないかもしれないが、僕らにとっては、大切な節目だった。 「あ、あの……これ……」 「え? 俺にもあるのか」  振り返れば、真っ赤に耳朶を染めた拓人くんが、達哉にボタンを渡していた。  きっと制服の第四ボタンだろう。  僕たちの周りには、いい風が吹いているね。  僕たちは前に進もう。  君と薙の縁は、別々の高校になってもきっと続くよ。  だから前を見て進もう。

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