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花を咲かせる風 12

 相手との待ち合わせは、銀座のBAR『ミモザ』にした。  まだ開店前なのに、無理を言って桐生さんに開けてもらった。   「よう、流!」 「大河さん、突然無理を言ってすみません」 「いいって。ただ蓮はまだ眠っているから……俺が珈琲でも淹れてやるよ」 「すみません」 「よせよ。俺と流の仲だろ」  1階のテーラーの店主。  桐生大河さんは大学の先輩だった。  そして当時の俺の……心の支えだった人。  大学の頃は、翠への昇華しきれない想いがいよいよ苦しくて、投げやりになっていた。  夜な夜な遊び歩いていた俺を、厳しく諭してくれた人だ。 『流、お前また。まだ諦めるな。まだ先のことは分からない。お前の思いが届く日があるかもしれないのに、お前って奴は、こんなにふらふら……取っ替え引っ替え遊び歩いて、悪いことばかりして……お前が病気になったりケガしたりしたら一番苦しむのは兄さんだって分かっているくせに。お前は自分にも兄さんにも甘えているんだ!』  由比ヶ浜の海岸で、酔っ払った俺を殴り飛ばしてくれた人でもある。 「で、誰が来るって? よかったら加勢しようか」 「いや、大丈夫だと思う。今日は、そんな荒っぽい話じゃない気がするから」  やがて地下へ降りてくるハイヒールの足音が聞こえた。  少しきつめの香水と共に入ってきたのは―― **** 「やぁ! 洋くん」 「道昭さん、わざわざすみません」 「いや、翠からくれぐれもと頼まれたからな」 「お世話になります」 「君が丈くんか、翠からよく聞いているよ。頼りになる弟で医師だと」 「はい、間もなく個人病院を開業します」 「うん。それも翠から聞いている。喜んでいたよ」  どうやら翠兄さんは、大学時代の友人、道昭さんとよく連絡を取り合っているようだ。   「泊まるの、うちの宿坊でいいよな?」 「もちろんです。お世話になります」 「あそこはさ、洋くんは知っていると思うが、寺の離れだから、何も遠慮しなくていいからな」 「あ、はい」  洋と私の関係はもう知っているような様子だ。  ならば何も隠すことはない。 「何から何までありがとうございます」 「で、早速聞きたいことがあるようだが」 「あ……これです。この校章に見覚えはありませんか。京都の高校だと思うのですが」  洋がお父さんの学ランのボタンを差し出すと、道昭さんも真剣な顔になった。 「月桂樹とペンのレリーフに、高校の『高』の文字か……どっかで見たような、うーん」 「そんなに簡単にいかないのは理解しています。でも……」 「分かっているよ。京都には高校が山ほどある。せめて京都のどの辺りとか見当も付かないのか」 「……はい。京都出身だという事と、浅岡信二という名前しか情報がなくて」 「インターネットでも検索済みなんだよな」 「はい、有力な手がかりはなかったです。なので、あとは俺たちの足で調べるしか」 「協力するよ。どこの学校か分かれば、アルバムなどからもっと詳しい情報を得られるだろうから」 「いつもすみません」 「いや、こういう謎解きは好きだ。といっても、せっかく京都に来たんだ。桜がもう明日には満開になる勢いだ。少し散歩でもして来たらどうだ?」 「ありがとうございます」  勧められるがままに、丈と観光に出掛けた。 「洋、少し旅を楽しもう」 「そうだな」 「そうだ、清水寺にでも行ってみるか。改修工事が終わったらしいし」 「いいな」  二寧坂、産寧坂を歩いていると、修学旅行生と沢山すれ違った。  若い女の子達が色鮮やかなレンタル着物を着て、楽しそうだ。 「ときめくな」 「洋は、着物が好きなのか」 「分からないけど……ワクワクするよ」 「それは……夕凪の血のせいか」 「そうかも……彼も俺の前世の一人だから」  今でも夕凪の空を見ると、京都の香りを思い出す。    俺には、彼が流水さんを見送った後の足取りは掴めていない。  あの流水さんが眠っていた宇治の山荘。  君が永遠の眠りについた場所を、見ておきたいと、ふと思った。 (洋……ヨウ……来て欲しい……京都にいるのなら……ぜひ。もうすぐ……ここは壊されてしまうから)    彼に呼ばれたようで、また空を仰いでしまった。 「洋、私達も着物でも着てみるか」 「はぁ? 男同士で着ても、面白くないよ」 「意外な返事だな。ほら、あそこに男同士で着ている人もいるが」 「えっ、どこ?」 「あ、いや、もう角を曲がってしまったようだ」 「なんだ? 見たかったな」 「さぁ行こう」  丈と清水寺を参詣した。  道昭さんの言った通り桜がもう満開で、俺たちを歓迎してくれているようだった。 「桜が本当に綺麗だな」 「洋は桜よりも綺麗だな」 「お……おいっ」

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