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花を咲かせる風 14 

「薙、本当にこんなペラペラな着物でいいの?」 「なんで? 駄目?」 「駄目というか……父さん……ポリエステルの着物は初めてで着慣れないよ」 「だからいいんじゃん! いつもの重たい着物じゃないから、あちこち気軽に行けるし」 「そうか、それもそうだね」  息子の誘いのままに、レンタル着物店で薄くて軽い着物を着付けてもらった。 「まぁまぁお次はお父さんと息子さんなんですね。お母さんと娘さんならよくあるのに、珍しいパターンですね。それにしても男性同士で着物なんて……着慣れていないでしょうし、大丈夫ですか」 「あの、おばさん、オレんちは父子家庭なんで、これはこれで楽しいんですよ」  さらりと言ってのけると、父さんに着付けをしていたおばさんは口を噤んだ。 「薙……」  父さんは眉をハの字にして困り顔。  えっと……オレって気が強い? 「父さん、着心地どう?」 「うーん、なんとも……例えるとしたら何も着ていないみたいに軽い……かな?」 「うわっ! その発言……天然すぎる」 「ん?」 「まぁいいや。早く外に出ようよ。清水寺で写真も撮りたいし」 「分かった。分かった。ちょっと待って」  父さんの着物姿は、かなり様になっていた。  着付けのおばさんなんて、ポカンと口を開けたままだった。  父さんは、洋服よりも着物で過ごす方が多いもんな! 年季が入っているのさ! 「薙、歩くと身体から着物が離れていくようで、スースーして裸みたいだ。これは何とも心許ないね」 「と……父さんは、もう喋らなくていいよ。オレ、あとで流さんに殴られそうだ」 「ん? あ……そうだ。流はきちんとお留守番しているかな? 着物の写真を送ってみよう」 「わー こんな着物を着せたって、怒られそうだよ」 「大丈夫だよ」  父さんが背筋を伸ばし襟元を正し、桜の樹の下に入った。 「桜が着物を引き立ててくれるよ。薙もおいで」  まったく……  オレの父さんなのに。  40歳近い男なのに。  とても地味で安っぽい単色の着物なのに。  桜の樹の下に立つ父さんは、艶やかすぎだ! **** 「もしもし流?」 「翠、どうしたんだ?」 「どうしたって……あ、あのね、清水寺で薙と着物を着たんだ。流に見せたら喜ぶかなと……ごめん、こんなの余計なお世話だった?」 「なぬ? 翠と薙の着物? 見たい!」 「くすっ、今送るね。えっと……薙、写真ってどうやって送るの?」 「やれやれ、父さんは何も出来ないんだな」  薙との会話は、まるで俺との会話のようだった。薙って声だけ聞くと改めて俺に似ているようだ。 「あれ? うーん、もう薙やって」 「はいはい」  暫くすると……  満開の桜の下に佇む翠。  悪戯っ子のような笑顔を浮かべる薙。  並んで自撮りした親子。  三枚の写真が送られてきた。 「どう? 見える?」 「あぁ、それにしても、ずいぶんペラペラな着物だな」 「あぁこれはね、観光地でレンタルしたんだよ。でも軽いから身動きしやすいよ。今日は1日このまま過ごそうと思うよ」 「……そうか。気をつけろよ」 「うん……流、寺は変わりない?」 「あ? あぁ」 「それから、三時になったら小森くんにおやつを忘れないでね」 「はは。今日は焼き団子をどっさり与えたよ」  いかんいかん、つい口が滑るぜ。   「何それ? 珍しいね。まるで賄賂みたいだ。流……頼むから、いい子にお留守番を頼むよ」 「俺はもう子供じゃないって! 翠こそ気をつけろよ」  そんな無防備な姿を晒して……という言葉は呑み込んだ。 「うん、羽目は外さないよ」 「それがいい、翠が羽目を外すのは俺と過ごす時だけでいい」 「流……静かに! じゃ……じゃあ。明日には帰るから、くれぐれも頼むよ」 「分かったよ」  こりゃ速攻、帰らないと、ヤバイな!       

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