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花を咲かせる風 20

 花霞の橋をしずしずと渡ってくるのは、桜吹雪の柄の艶やかな着物を着た人だった。  遠目なので、はっきり見えないが、誰かによく似ているようだ。  女性にしては少し背が高いが、気高い美しさが神々しい。   シャラン、シャラン――  その時、再び鈴の音がする。  目を凝らすと、僕の足下に小さな鈴がころころと転がってきて、そのままポチャンと川に落ちてしまった。  着物姿の人がぴたりと立ち止まる。 「あっ、おこぼ(子供用の下駄)の鈴が取れてしまったんだね」 「ぐすっ、ぼくのなのにぃ……」 「あぁ……まこくん、泣かないで」  驚いたことに着物の影には、小さな坊やがいた。まだ3歳程か。キュッと手をつないで、あどけない表情を浮かべている。  「ぐすっ、ぐすっ……おかあちゃまぁ」 「よしよし……泣かないで。困ったね」  その時ハッとした。  女性にしては声が少し低いので、もしかして男性なのか。  もしも男性なら、女子と見紛う美しさだ。  するとすぐに背後から和装の男性が現れる。 「どうした? 夕凪っ」  ゆ……っ、夕凪だって!?  まさか、その名をここで聞くとは!  そうか、これが平安時代の貴公子が見せてくれた邂逅というわけか。  今、はっきりと理解出来た。 「うん、まこくんの下駄の鈴が取れて、川に落ちてしまったんだ」  背後から和装姿の男性が駆け寄って、坊やを抱き上げる。 「おい、泣くな! 男だろう」 「うううっ……おかあちゃまがいい」 「まこくん、こちらへおいで」 「うん!」  端から見えれば、時代は違えども……ごく普通の仲睦まじい家族に見えるな。  僕たちの姿は向こうからは見えていないようで、目の前を通り過ぎても驚く様子はなかった。  だが僕は、心臓が飛び出る程驚いてしまった。  弓張り月が、夕凪の横顔をくっきり照らすと、そこに浮かび上がったのは…… 「洋くん!」  しまった! あまりに瓜二つなので、思わず声を出してしまった。  そこで一陣の風が吹き、邂逅を掻き消すように、はらはらと桜の花びらが舞い降りてきた。 「父さん、どうしたの? 急に叫ぶなんて」 「な……薙には見えなかった? 今、僕たちの目の前を……着物姿の人たちが通り過ぎたのが」 「えぇ? 誰もいなかったよ。悪い夢でも見たの?」  薙が訝しむ。  やはり夢幻だったのか。  でも、どうして平安時代の貴公子は、僕にあの夢を見せたのか。 「それより父さん、こっちに誰か来るよ」  薙が指さす方向を見て、また驚愕した。  シャラン、シャラン。  先程と同じ鈴の音が聞こえてくる。  祇園白川を跨ぐ橋をしずしずと渡り、厳かに現れたのは……  仲睦まじく手を繋ぎ肩を寄せ合い、艶めいた雰囲気で歩いて来るのは……    先程と同様に……艶やかな女性物の着物を着ているが、今度はすぐに分かった。  夕凪に瓜二つの人の名は――  「よ……洋くん!」 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** これは? 謎が謎を呼ぶ……ですよね。 『夕凪の空 京の香り』https://estar.jp/novels/25570581では描いていない、夕凪のその後が明らかになっていきます。

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