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花を咲かせる風 19

「父さん、どこにもいかないで……もう……置いていかないで! オレを」 薙からの切なる言葉は、僕の心の隙間を埋めるのに十分だった。 「薙……薙……もう二度と置いていかない。薙は父さんの息子だ……薙が同じ気持ちでいてくれることが分かって、父さん……本当に嬉しいよ」  ここは旅先で、お互いに普段と違う着物姿だからなのか、言葉が素直になる。  これは薙と僕の夜桜の誓いだ。  強気な薙の瞳が潤んでいるのが分かり、愛おしさが募った。  強がっていても、まだようやく中学を卒業したばかりの子供なのだ。  母親恋しい時もあるだろう。それでも父親の僕といたいと願ってもらえる喜びは一入だ。 「父さん、父さん……おと……うさん……」  薙の中の……秘めたる幼さが顔を出す。  泣き顔を見られたくない様子で、薙がすっと顔を背けた。  その顔に月光が降り注ぐ様子が、とても美しかった。  薙は弓張月のような凜とした表情を浮かべていた。 「薙、泣くのは……父さんの胸にしなさい」 「あっ……父さん……父さん」  薙は僕の胸に顔を埋めて、肩を小刻みに震わせた。  あぁ……戻って来てくれた。  ようやく……僕の元に。 「ずっと……言えなかったんだ。いや、ずっと言いたかったんだ」 「うんうん、父さんが悪かった。もっと早く気付くべきだった」 「最初は……オレを捨てた父さんの世話になんてなりたくないって反発してた。だから……父さんに意地悪も沢山した。でも父さんは知れば知る程、一緒に過ごせば過ごす程……理想の父さんだった」 「薙……」  薙がしゃくり上げる。 「あの日……父さんが身を挺してオレを守ってくれた時から……丸ごと父さんの子に戻りたいって思っていたんだ」 「薙……そうだったんだね」 「それに……オレ、流さん……丈さん……洋さん……月影寺のメンバーが好きなんだ。いつもひたむきに生きていて……オレの憧れる人達ばかりだ。オレ、ずっとあそこにいたい。前は一刻も早く、高校を卒業したら家を出てやるって思っていたのに……こんなに考えが揺らぐなんて」  薙は堰を切ったように、抱えていた想いを全て伝えてくれた。 「薙の望むままに……それが僕の願いだ」  その時、シャランと鈴の音がして、空気が震えた。  薙を抱きしめながら、夜桜で霞む空を見上げると……  あの日、僕を宇治の山荘への導いてくれた、平安装束の青年がたおやかに微笑んでいた。やはり……洋くんに瓜二つの容姿だ。君は一体誰なんだ? 「あ……」  彼は唇に人差し指を押し当て、たおやかに微笑んだ。 (平安時代の貴公子……君の名は……?)  僕が心の中で問うと、彼は口をそっと開いて、 「お静かに……今から再び……過去と今がつながりますので」  シャラン――  再び鈴の音  祇園白川を跨ぐ橋をしずしずと渡り、厳かに現れたのは……  艶やかな着物姿の……

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