1429 / 1585
花を咲かせる風 22
「兄さんたちは、どこに宿泊ですか」
「今回は駅前のシティホテルだよ。何しろお忍びだったからね」
「結局、こうなる運命でしたね」
「そうだね。悪い事は出来ないものだね。ふっ、でも……これには何か意味があるのかもしれないよ」
翠兄さんは何か言いたそうだった。
私にではなく、洋に。
だから気を利かせて、私は一歩下がり薙に話しかけた。
「薙、その着物、似合っているな」
「そう? チープなレンタルだよ」
「子供にはそれ位が気軽でいい」
「だよな! 父さんも道連れにしちゃったけどね」
「兄さんは……いつも重たい着物ばかりだから、たまにはいいだろう」
「うん、父さんさ……いつも真面目過ぎるから、オレだから出来ることをしてあげたくてさ」
参ったな。
薙は、まるで流兄さんのような大胆な発言をするのだな。後で流兄さんが聞いたら、妬きそうだ。
いずれにせよ兄さんと薙の関係が、とてもいい状態に落ち着いているのを再確認した。
後方に耳を澄ませば、やはり翠兄さんが静かに洋に問いかけていた。
「洋くんに一つ聞いても?」
「なんですか」
「……夕凪には子供がいたのかな?」
「?」
洋は身に覚えがない様子で、ポカンとしていた。
「えっと……それはないと思います。夕凪は男でしたし、彼の相手も……男性でしたから」
「……そうだよね。実はさっき祇園白川で……驚いたことに夕凪と邂逅したんだ」
「え! 翠さんがですか」
「うん、どうして僕だったのかは分からないが、夕凪は今の洋くんと同じように女装をしていて艶めいて……とても美しかったよ。そして幸せそうに小さな男の子を抱き上げていた。そこにもう一人男性がいて……子供を「まこくん」と呼んでいた」
「……まこくん?」
「心当たりはない? もしかしたら何かの役に立つかもしれないと思って」
「……ありがとうございます」
ぞろぞろと白川に沿って歩いていると、すれ違った紳士が、私達を見て呆気にとられていた。
どうだ? 圧巻の和装集団だろう? 一人は絶世の美女だしな。
これが月影寺の男達なのだ。
****
その晩、丈に一枚一枚、着ていた着物を脱がされて、全裸に剥かれた。
俺の服を剥ぎ取る度に、丈の征服欲が満たされていくのを感じ、愛おしくなった。
俺は、丈の俺への強い執着が快感だ。
少し歪んだ愛なのかな? これって――
「洋は女装が似合い過ぎて……不安になるな」
「……何を言うかと思ったら。大丈夫。俺は丈といる時しかしないよ」
自分でそう言って、また夕凪の影を感じた。
さっきの翠さんの話、桃香さんが聞いた昔話……もしかしたら彼はなんらかの事情で日常的に女装をしていたのかもしれない。
その晩も……道昭さんに遠慮しつつも、寺の離れで丈と深く繋がり、腰を積極的に揺らしてしまった。最奥にたっぷりと愛を注ぎ込んでもらうと、ようやく心が凪いだ。
シャワーを浴びて布団に横たわると、また夕凪のことを想ってしまった。
身体は疲れているのに、妙に頭が冴えている。
「洋、上の空だな」
「さっき聞いた翠さんの言葉が気になって」
「夕凪に子供がいたという話か」
「なぁ、誰の子供だったんだろうな?」
****
「父さん、父さん!」
「なんだい?」
「今からパジャマパーティーしない?」
「ん? それって何?」
「もう、疎いなぁ~」
「??」
父さんが首を傾げたので、スマホの検索画面を見せて説明した。
『パジャマパーティとは、性別問わず男性や女性が友人の家に泊まり込み、パジャマ姿でうわさ話や遊びに興じるパーティのこと』
「なるほど、今の僕たちの状況は、それに近いね」
相変わらず真面目な父さんだなぁ。父さんは月影寺では浴衣を着て眠るが、今日はホテルの備え付けのパジャマだ。そんな事すらも嬉しかった。
オレ、父さんと初めての二人旅行にハイテンションになっているのかも。
「お揃いのパジャマだしね」
「いいよ。何を語ろうか」
「じゃあオレの小さい頃の話をしてよ」
「うん! それなら朝まで語れるよ」
朝まで……父さんの言葉に、キュンとしてしまった。
なんだ? この可愛い台詞!
「と……父さんって、天然?」
「ん?」
「っていうかさ、人を喜ばせる天才だ! これは流さんがメロメロになるのが分かるよ」
「な……薙! 何を言って」
父さんが真っ赤になる。
隠すことないのに……オレには。
父さんと流さんは『魂の番』なんだろう?
「あ、あのね、父さんがするのは……薙の話だよ?」
「うん、それがいい」
そんな父さんを、今宵はオレが独り占め出来る。
それが嬉しくて、ベッドに寝転んで頬杖をついた。
「早く話してよ。オレが忘れちゃったオレの話」
ともだちにシェアしよう!