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花を咲かせる風 23
「そうだね、何から話そうか」
「オレが生まれた時のこと?」
「薙はとても賢そうな赤ちゃんだったよ。目に強さがあってグッときたんだ。だから……この子なら……と。色んな障害を乗り越えて自分で切り開ける子になって欲しくて……薙ぎ払うの『薙』 と名付けた話は、もうしたよね」
「何度でもしていいよ。オレ……自分の名前が気に入っているから。カッコイイ名前だよね」
父さんは、パジャマ姿でごろんとベッドに仰向けになった。
まるで原っぱに寝転ぶように、頭の後ろに手を回して、天井を見つめていた。
へぇ……こんなにラフな父さんは珍しいな。
袈裟を着ている父さんは、カッコイイけれども……どこか手の届かない遠い存在なんだ。
仏様に仕える身だから、仕方が無いのだが。それって……オレだけの父さんではないのに妬いているってこと?
「良かった。気に入ってもらえて嬉しいよ。父さんが閃いたんだよ」
「うん! 父さんがつけてくれたのが嬉しい」
父さんに存在を認めてもらえたようで、嬉しい。
「そうだ! 父さん、ビールでも飲んだら?」
「ん?」
「ほら、もっと色んなことを話して欲しいし」
「ふふ、父さんを酔わせて、何を聞くつもりかな?」
「いいから、いいから!」
オレは冷蔵庫の中の缶ビールを取り出した。
「父さん、どうぞ!」
「僕だけ悪いよ。あ、じゃあ薙もジュースを飲む?」
「飲む!」
父さんと炭酸のジュースで乾杯をした。
「薙、二十歳になったら一緒に飲もう。もう後たった5年なんて信じられないよ」
「きっと、5年なんて、あっという間なんだろうな」
「……振り返ればね。でも薙には、これからの5年間、毎日輝いていて欲しい」
まるで父さんがそうではなかったみたいだ。あー もうっ、父さんはすぐに真面目になってしまうんだから。
「父さん、よく冷えているから、ぐーっと飲んで」
「ふふっ、薙は勧め上手だね。一体誰に習ったの?」
「そりゃ流さん、あーんど、丈さん!」
「なるほど」
「まだいるよ」
「あ……母さん?」
「そう! 一番の危険人物は、おばあちゃんだよね」
「そう、それ」
オレも父さんの真似をしてベッドに仰向けに転がった。
ふかふかのベッドは昔遊んだトランポリンみたいで、楽しい気分になる。
「あ、オレ……父さんと遊園地に行ったの思い出したよ!」
「本当? 確かに何度か行ったよ」
「父さん、コーヒーカップで乗り物酔いしちゃって、大変だったんだよね」
「わっ! 薙~ それは思い出さなくていいから」
「いや、もっと思い出してみるよ」
「薙、駄目だってば」
ビールで目元を染めた父さんが焦る。
父さんなのに可愛い。
お揃いのパジャマを着た父さんと、ベッドの上で笑い転げる。
こんなこと……したことがなかったから、嬉しいし、楽しい。
「オレ……父さんに沢山可愛がってもらっていたんだね。ありがとう」
「覚えていてくれてありがとう」
最初はオレの知らないオレの話をしてもらおうと思ったのに、まるで封印が解けたみたいに、オレの方から幼い頃を思い出していた。
「一緒にトランポリンも跳んでくれた。怪獣のお腹みたいなのに入って」
「あぁ、あれは親子で入れたからね。薙がいなかったらどれも体験できなかったことだよ」
「他には……オレと何をした?」
「ふふっ」
ほろ酔い気分の父さんが、悪戯っぽく笑う。
「何、何?」
「父さんと、おねしょの証拠隠滅をしたんだよ」
「えっ!」
オネショした記憶なんて、ないけど!
「ん? なーぎ、都合が悪いことは全部忘れちゃった?」
「……うう、その節は……お世話になりました」
「どういたしまして。真夜中に布団の中でしくしく泣いて……『パパぁ、たすけて』って、それはもうとっても可愛かったよ」
父さんが懐かしそうに微笑む。
よかった!
幼いオレが今の父さんを和ますことが出来るのが、嬉しかった。
小さいオレ……ちゃんと父さんを頼って甘えていたんだな。
父さんが大好きだったんだ。
そして、今は、もっと好きだ。
気付けば、そう胸を張って言えるようになっていた。
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