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花を咲かせる風 24
「そういえば、父さんの初恋って、いつ?」
「え!」
父さんが真っ赤になる。
ビールを2本も空けたせいか、ほろ酔いのようだ。
「そ、そういう薙は?」
「記憶にないなぁ」
そう答えたら、父さんがくすっと笑った。
「やっぱり、薙は覚えてないんだね」
「え? 父さん、知っているの?」
「薙の初恋は、幼稚園の時だよ」
「えぇ!」
な・に・そ・れ?
「同じクラスのあみちゃんが好きって、お風呂の中で僕に教えてくれたのに、忘れちゃったの?」
あみちゃん???
そういえば、よく一緒に遊んだ女の子がいたっけ。卒園した後は、それっきり付き合いはないが。
「オレ、風呂の中でそんなことを?」
「うん、あの時の薙、可愛かったなぁ~『パパ、ナギねあみちゃんがしゅき』って、頬をトマトみたいに染めて」
「ひぃー、それも忘れて!」
「ふふっ、よく考えたら……僕は薙の秘密を沢山知っているんだね。こういうのって、父親の特権なのかな?」
父さんが小首を傾げて、聞いてくる。
父さんって、こんな明るかったっけ?
「そ、そうだ。父さん、流さんに電話をした方がいいよ。留守を任せているんだから」
「あ……そうだね。じゃあ……ちょっといい?」
「オレ、少しスマホでゲームしてもいい? そろそろ禁断症状~」
「うん、いいよ」
そう言えば、いつもは弄りまくっているスマホなのに、今日は写真を撮る以外使わなかった。父さんと二人きりの時間が大切だったから。
父さんも本当にリラックスしていた。前はお互い余所余所しく、気を遣ってばかりだったのに、すごく楽になった。
さてと、少しの間、父さんに時間を……
オレは壁にもたれイヤホンを耳にはめて、ゲームに没頭していく。
****
「流さん、これあげます!」
「?」
小森に差し出されたのは、俺が作った焼き団子だった。
「お前にやったものだぞ」
「今日の流さん、ちょっと元気ないので、1本だけ残しておきました」
うう、小森がおやつを差し出すとは! 翠がいない寺がうら寂しくて、日が暮れるにつれ意気消沈していたのを、見破られたのか。
「サンキュ! 気をつけて帰れよ」
「あのあの……今日は僕が宿直をしましょうか」
「ん? どうした?」
「今日は住職がお留守だし……丈さんと洋さんもいないし……こんな広いお寺に、夜、ひとりは寂しいかなって? あのあの、僕じゃお役に立てませんか」
小森はいい奴だな……流石翠の見込んだ小坊主、月影寺の秘蔵っ子だ。
「大丈夫だ。気遣いありがとうな。お前、菅野くんと付き合うようになって大人になったな」
「え! えっとぉ……か、菅野くんに……お、大人にしてもらいました」
へ? おーい、耳朶まで染めて、初々しいな。
「くくっ。いい影響受けてんな」
「はい!」
「俺は大丈夫だ。独り寝は慣れている」
「じゃあ……何かあったら駆けつけますね」
「ありがとな。小森は頼りになるな」
「えへへ」
ポンと小森の肩に手を置くと、擽ったそうに笑ってくれた。
本当に小森は擦れていない、純真でいい子だ。
散々慣れた一人寝だったが、翠と結ばれてからは苦手になった。
離れで共寝をしない時でも、隣室で翠の物音がするだけで幸せだった。
今日は物音すらしない。
今頃、父と子で楽しい時間を過ごしているのだろう。邪魔するわけにはいかない。
だが……せめて声が聞きたくて、スマホを手に取ったが、そのまま布団に放り投げて、仰向けにごろんと寝そべった。
大切な親子の時間の邪魔はしない。
寝てしまえば、朝が来る。 朝が来れば夜が来る。
明日の夜には翠が戻ってくる。
おい、流! お前……たった一夜の辛抱も出来なくなってしまったのか。
幾千夜も、翠と触れ合えずに彷徨ってきた魂の癖に。
放り投げたスマホが着信を知らせたのは、そんな時だった。
「流、僕だよ。変わりない?」
翠の声が一段と艶めいていたので、驚いてしまった。薙と一緒なのに、そんな無防備な声を出していいのかと突っ込みたくなる。
「こっちは問題ないさ。ところで、翠……酔っているのか」
「えっと……缶ビール2本飲んだんだよ。酔っているのかと言えば、楽しさに酔っている。あのね、今、薙とパジャマパーティーをしているんだ」
薙との旅行が上手くいっているのが、ありありと伝わってくる。
「楽しんでいるんだな」
「薙と思い出話をしていたんだ」
「どんな?」
翠が小声になる。
「……初恋の相手」
「‼」
翠の初恋の話なんて聞いたことない。一体誰だったのか。知りたいような知りたくないような。
「知りたい?」
「いや」
「僕は話したい」
「翠……言うな」
翠が囁くような小声で、話し続ける。
「……あのね、相手は流だよ。振り返ったら、もうずっとずっと前から流が好きだった。最初は弟として……次第に男として見ていたんだと、改めて思ったよ」
「翠……」
「明日には帰るよ。寂しい思いをさせていないか」
「今の言葉で俄然やる気が出た!」
「や……やる気?」
「帰ったら覚えておけよ」
「りゅ、流……ってば。分かった分かった。じゃあ、帰ったらパジャマパーティーをしよう」
鈍感な翠。
俺とパジャマパーティーをしたいだなんて、煽ってくれたな。
パジャマ姿の翠を、じわじわと裸に剥いていくだけの時間だぞ?
「楽しみにしているよ。もう寝ろよ」
「うん……そうだね。おしゃべりは尽きないけど、明日があるしね」
「おやすみ」
「うん、きっとしようね」
電話を切った後、先ほどまでの寂しさは消え、煩悩と妄想の中に身を沈めて、いつの間にか眠りについていた。
俺をとことん甘やかす翠が好きだ。
大好きだ。
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