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花を咲かせる風 26

 茂みを掻き分けて、その先に見えたものに……絶句した。  そこに建っているはずの建物は、既に原形を留めていなかった。    もうほぼ更地になっており、廃材が山積みになっていた。 「なっ、何故? どうして、壊れて……」 「これは一体どういうことだ?」  戦慄く唇。    呆然と立ち尽くしていると、建設会社の作業服を着た男性が数人現れた。  どうやら裏手にトラックを停めて、廃材を回収に来たようだ。  丈がすぐに声をかけてくれた。 「あの」 「なんか用ですか」 「あの……どうして……ここを取り壊してしまったのですか」 「あぁ、ここに大鷹屋さんの別荘を建て直すんでね」 「大鷹屋? そんな……っ」 「さぁ、そんなところに突っ立ていると危ないぞ。どいた!どいた!」  もう為す術はないのか。    木造の廃屋は、ここで消えて行く運命だったのか。  既にお墓は全て月影寺に移したので、ここには未練はないはずだったのに……  先程からずっと胸が痛い。  喉元は掻きむしりたくなるほど苦しい。  この悲痛なまでの苦しみは、夕凪……君のものなのか。  湖翠さんと流水さんの魂は浄化されたが、微かに残っているのは『未練』だ。  夕凪、君の未練を感じるよ。  俺に話せよ! 俺に伝えてくれよ! だから君が俺を呼んだのだろう。  そう強く願った!   …… 「まこくん……どうして、ここを? 君はここに来ては駄目だ」 「……どうして? やっと思い出したのに、やっと居場所を突き止めたのに」 「君はもう……とっくに養子に出したんだ」 「おれは……ここがよかった。ここでずっとおかあさまと一緒がよかった」 「ちがうっ、俺は男だ。 君の母にはなれない。幼い頃ならともかく、もう、ちゃんと理解出来るだろう」 「せ……性別なんて関係ない!」 「……もうお帰り。もう絶対に来ないで欲しい……もし見つかったら、俺が大変なことになるんだよ」 「そんな……ならば……せめて……これを持っていて下さい。これを……おれだと思って」 「……まこくん。駄目だ……こんな大切な物、もらえないよ」 「おれ……ずっとあなたの息子でいたかった」  夕凪と男子学生が、門扉の前で押し問答している光景が突如見えた。  今、夕凪の手元に置かれたものは何だ?  夕凪はその場で……それを握りしめて泣き崩れた。  青年は、泣きながら山を下りていった。  やがて夕凪は嗚咽を隠しながら、家に駆け込んだ。  畳に這いつくばって、喉を押さえて苦しげに……呼んでいる。 「まこくん……まこくん……」  それから、よろよろと気を取り直したように立ち上がり……箪笥から小さながま口を取り出して、そこに手元に握っていた物を入れて抱きしめた。 「うっ……ううう……まだ幼子のまこくんを預かって……5年間、一緒に暮らした日々を……俺は一生忘れないよ」  あ……鈴の音がする。  夕凪の肩が小刻みに震える度に、可愛い鈴の音がする! 「夕凪、帰ったぞ」 「あ……信二郎」  夕凪はそっと桐箪笥の一番上に、曙色《あけぼのいろ》のがま口をしまった。指の甲で涙も拭き取って……たおやかに微笑んで、玄関に歩いて行った。 …… 「洋、どうした?」 「丈! 廃材の中に……箪笥……箪笥はないか? 桐の箪笥だ」 「どうかしたのか」 「夕凪の……大切なものが入っている!」  丈が今にも出発しそうなトラックに駆け寄り、荷台に埋もれていた桐箪笥を見つけてくれた。 「お願いです。大切なものが入っているので見てもらえませんか」  俺も慌てて加勢した。   「……曙色のがま口が、入っていませんか」 「んー 五月蠅いなぁ。あ、これかぁ」 「‼」  夢は夢にあらず。  夕凪の想いが詰まったがま口を、すんでのところで回収出来た。 「洋、間に合ったな」 「ありがとう」 「何が入っている?」 「分からない……まこくんという男子学生が、夕凪に何かを渡していた」 「確認してみよう!」 「あぁ!」  がま口は錆びていてすぐには開かなかったが、丈がこじ開けてくれた。  すると、小さな鈴がカランコロンと音を立てて飛び出してきた。  その奥に眠っていたものを、丈が手のひらに載せて真剣な面持ちで見せてくれた。 「洋……これって」 「えっ! ……ま、まさか!」     それは、古びた学ランのボタンだった。 「どうして……これが……」  

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