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花を咲かせる風 36
「信《まこと》は……いや、私は長年、彼のことを親しみを込めて『まこ』と呼んでいた」
「……彼はこの家に、おそらく10歳前後で養子に貰われてきましたよね?」
「君がなぜ、それを知って……」
「まこくんは俺と深い縁がある人なのです。だから、どうか教えて下さい。信さんのことをもっと詳しく」
俺は必死になっていた。
俺の中の夕凪が泣いている。
まこくんの行方を知りたいと、切に願っているから。
「まこは……私の亡くなった弟の身代わりとして……この家に引き取られたんだ」
「え?」
身代わり?
そんな理由だけで、あんなに夕凪が可愛がっていたのに、取り上げられてしまったのか。そう思うと胸が塞がる。
「あぁ……すまない。言い方が悪かったね。私も詳しい出生は知らないんだ。ただ……まこは父の友人の子供で、まこの母親が病気で隔離が必要になり、ある日突然……父に連れられて私の家にやってきた。私の家ではちょうど10歳の弟が病死したばかりで、意気消沈した母を慰めるためにも、まこが必要だったんだ」
「そんな……」
まこくん、君は大人の事情に翻弄されてしまったのか。
それにしても夕凪がまこくんと隔離が必要な病気だったなんて、知らなかった。
「まこくんはその後、どうしたのですか」
先程、翠さんがこの家を出て行くまこくんを垣間見たと言っていた。
「最初は良かったんだ。私も母も実の弟として可愛がっていた。だが母が再び妊娠をし……数年後、年の離れた実の弟が出来てから、まこの居場所がなくなって、結局二十歳の成人式の後、突如、行方知れずに」
「二十歳……」
「居場所がなくなったといっても、何不自由のない暮らしをしていたのだが……」
胸がざわつく。
夕凪の慟哭が聞こえる。
何としてでもまこくんの行方を掴んで欲しいと泣き叫ぶ声で、俺の鼓膜が張り裂けそうだ。
「その後、まこくんの姿を見た人はいないのですか。小さな情報でいいので、教えて下さい」
「父はまこが蒸発して、真っ青になり必死に探していたよ。宇治の家に行ったきり帰ってこない日も続いた。そう言えば、今思えば……まこは宇治に囲っている女性の子供だったのかもしれない」
大鷹屋の当主は、未だ夕凪のことを女性だと信じて疑ってないようだ。
「そ、それで……」
緊張して膝の上に置いた手が震え、冷たい汗で濡れていく。
「洋、落ち着け、一度深呼吸しろ」
「あ、あぁ……ごめん」
丈が目を細めて、俺の背中を撫でてくれる。
翠さんと薙くんは、ただただ静かに見守ってくれている。
翠さんと目が合うと、無言で頷いてくれた。
道は開かれている。
だから、この道を真っ直ぐに進めと。
「そうだ、少し待っておくれ」
老人は一度下がり、重々しい表情で……風呂敷に包んだものを持ってきた。
「君がまこと縁があるというのなら、これを持って行ってくれないか」
「これは何ですか」
「我が家に残る、唯一のまこの私物だ」
震える手で風呂敷を開くと……
そこには!
「こ、これは……!」
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