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花を咲かせる風 41

「さぁ、ここですよ。私はこの寺の住職をしています」  通されたのは、京都の雅な雰囲気を感じさせる瀟洒な寺だった。  その寺の名前の看板を見て、俺と丈、翠さんと薙くんは驚愕した。 「え……月光寺……?」  光があるから、影が出来る。  影があるのは、光があるから。 「なんと……」  翠さんが一番驚いていたかもしれない。 「あの……僕も住職をしているのですが……僕の寺は、北鎌倉の『月影寺』と言います」 「なんと!」  信一さんも目を見開いて、驚いていた。 「光と影……やはりご縁が深そうですね」 「本当に……」  12畳ほどの広い和室に通された。  そこは中庭に面しており、明るい雰囲気だった。 「お茶をどうぞ」 「ありがとうございます」 「今日は父の納骨を終えて、帰宅するところでした。嵯峨野は父との思い出の場所なので、導かれるように……歩いていたのです」 「……」 「私は独り身なので、いよいよ寂しいもんですよ」  信一さんは手早く自己紹介をして……それから居住まいを正して俺を真っ直ぐに見た。 「君の名は……洋くんだったね」 「はい……」 「私の弟の……信二は……元気か」  あぁ、また残酷な問いだ。  俺は暗澹《あんたん》たる気持ちで、深く息を吐いた。 「洋、大丈夫か」 「あぁ……」    母の時も、祖母は母が生きていると信じていた。  だから……亡くなったと伝えた時、祖母は心を乱してしまった。  真実を……信一さんにはどう伝えれば、いいのか。  少し考えあぐねていると、信一さんが自嘲的に笑った。 「いや……答え難いことを聞いてしまったな。信二は……きっともう生きてはいないのだろう」 「どうして、それを……」 「生きているのなら、君から何かしら弟の気配を感じるはずだ」 「すみません……父は俺が小さい時に交通事故で」 「そうか……そんなに前に亡くなってしまっていたのか」  俺は膝の上に置いた拳を握りしめて、問いかけた。  もしも父さんの肉親を探し出せたら、どうしても聞きたかったことがある。 「父の行方を追わなかったのは何故ですか」 「……そうだな。信二は東京の大学に進学したので、下宿させたんだ。順調に学生生活を送っていると思っていたのに、突然、縁を切って欲しいと申し出があってな……」 「なんと……父さん自らが申し出たのですか」 「そうなんだ。亡くなった父は……不思議と驚きもせずに……それでいい。そうしてやれと……」  どういう経緯があったのかは、俺には分からない。 「父は……その時、俺の母と駆け落ちをしたのです」 「そうか……奥さんを尊重したのか……同じ立場でいようと決意したんだろうな。10歳の年下の弟だったが……意志の固い、凜とした子だった」  ほとんど記憶にない父の話が聞けるとは夢にも思わなかったので、感激してしまう。 「父は生前よくこう言っていた」 「なんと?」 「もしも運命の人に出会えたのなら、家は捨てていい。大きく自由に羽ばたけと……」  それは……夕凪を思慕する心からなのか。  まこくんの願い。  信二郎の願い。  夕凪の願い。  絡み合った想いが、父を羽ばたかせたのか。 「洋くん……先程は……父をあの世へ導いてくれてありがとう。ただ……私は独り身で……どう君に接していいのか分からないんだ。父と一心同体のようにここまで生きて来ただけの男だから、君に気の利いた言葉をかけてやれなくてすまない」  充分だった。  忌み嫌われる可能性もあったのに、信一さんは俺を愛おしそうに見つめてくれている。 「いえ……こんな姿で現れた俺を受け入れてくれて……それだけでも感謝しています」 「君は……見れば見るほど……夕凪さんにそっくりだな。そうだ、父が生涯大切にした……この写真を見てくれ」 「はい」  邂逅した時に見た、信二郎さんと夕凪、まこくん家族の写真だった。  まこくんの七五三だろうか。  着物姿のまこくんを囲んで、信二郎と夕凪が微笑んでいる。  夕凪……君は俺の前世のひとりだ。  俺は無事に、君の願いを昇華させてあげられたのか。  俺の力は及んだのか。 「感謝している。父に代わって礼を……」  そっと俺の手を握ってくれた伯父のぬくもりに感激した。  何も怖くない。  ただただ優しい肉親の温もりだった。  感極まって、先走ってしまう。   「お……伯父さん……」 「そうだ、私は君の伯父だ。君は……信二郎の忘れ形見で、私の甥っ子だ。この世で会えて嬉しいよ。この不思議な縁に感謝している」  先程から……ずっと日溜まりの中にいるような心地なのは、この寺が光が降り注ぐ明るい寺だからなのか。それとも薙くんの澄んだ気が満ちているからなのか。 「あの……着替えてもいいですか。素のままの俺を見て欲しいです」 「あぁ、ぜひ見せてくれ。君の素顔を見たい」  もう夕凪の姿ではなく……張矢 洋としての、ありのままの姿を見せたくなった。    

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