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花を咲かせる風 43

堂々と胸を張って丈を紹介したいのに、いざとなると緊張した。  受け入れてもらいたい。  理解して欲しい。  丈がいなかったら俺はここにはいられなかったことを、知って欲しい。  背筋をピンと伸ばし、喉に力を込めた。 「あの、伯父さんに事前に話しておきたいことがあります」 「なんだい?」 「お……俺は……夕凪さんと同じです。隣にいる男性を愛しています」 「あぁ大丈夫だ。それに関しては……もう気付いているから安心したまえ」    慈悲深い穏やかな声だった。 「あ……」  安堵から、視界が水彩画のように滲んでしまう。 「さぁ紹介しておくれ。洋くんの最愛の人を」 「彼の名前は……張矢 丈です。俺は彼と生きています」 「そうか」 「俺は丈の家の養子に入ったので、俺の名字は浅岡から張矢になったのです」 「はりや ようか……うん、いい名前だな」  続いて、丈がよく響く低い声で挨拶してくれる。 「改めまして張矢 丈です。洋が22歳の時に知り合い、今は北鎌倉の月影寺の中で、兄達に囲まれて静かに暮らしています」 「そうだったのか……ありがとう、ありがとう……丈くん」  伯父さんが丈の手をギュッと握り、深く腰を折った。 「あ……あの」 「ずっと父と案じていた。信二が運命の相手を見つけて飛び去ったのを受け入れた後も……もしも信二が子孫を残してくれたなら、その子は幸せでいるだろうか。いつか会えるのだろうかと……果てしない夢を見ていた」 「あ……」   存在すら分からない俺の幸せを願ってもらえていたなんて―― 「伯父さん、丈の家では……丈の両親、お兄さんたちを幸せに暮らしています。今日同行してくれたのは、俺の一番上の兄の翠さんとその息子の薙くんです」 「月影寺のご住職の翠さんですね。改めまして宜しくお願いします」 「えぇ、こちらこそ」  翠さんと伯父さんは住職同士通じるものがあるのか、お互いに静かに合掌しあった。  その隣で薙くんがキョトンとした顔をしている。 「えっと、つまり……すごいな。洋さんは過去の思いを昇華させ……そのお礼で伯父さんと巡り会えたってこと?」 「確かに……そうかもしれないね」  まさか伯父と出会えるなんて。  夕凪とまこくんからのサプライズのようだ。   「それってシンプルに考えれば、最高に嬉しいことだよな!」  薙くんの若い考えが、心地良い。 「なぎくんと言うのか。響きがいいね」 「あー、オレは薙ぎ払うの薙ですけどね」 「それがまたいいね。夕凪さんと父の燻る想い……もしかしたら君の力のお陰で、あのようにすっきりと昇華出来たのでは」  薙くんにはピンと来ていないようだが、俺もそう思う。  薙くんが立った場所には風が生まれ、真っ直ぐな道を作ってくれていたから。 「さぁ、洋くん……もっとよく顔を見せておくれ」 「はい……」 伯父にも、やはり父の面影があった。  凜々しい眉毛、すっと通った鼻筋。  母さんをお姫様のように甘やかしていた懐かしい父。  とても背が高く、凜々しくて頼もしい人だった。 「伯父さんも、父さんに似ていますね」 「血を分けた兄弟だからな。洋くん……私は、君とも血が繋がっている。このご縁を大切にさせておくれ」 「はい!」  かつて俺を貶めた人とは全く違う、穏やかな瞳にあたたかい声。  慈悲深い瞳に包まれて、心からこの巡り逢いに感謝した。 **** 「おかあちゃま、お空はどこまでつづくの?」 「天国までだよ。まこくん」 「そこではもうずっといっしょにいられますか」 「そうだよ。またあの宇治の山荘で暮らした日々のように一緒に暮らすんだよ」 「うれしいです。おかあちゃま、だいすきです」 「俺も大好きだよ。まこくん、戻って来てくれて……ありがとう」 「おかあちゃまのねがい、ぼく……かなえられましか」 「うん……叶えてくれてありがとう。ほら、見てご覧。地上に幸せの花が咲いているね」 「あ、あそこ!」  まこくんと手を繋いで昇天していく最中に、一度だけ地上を振り返った。  嵯峨野の竹林には、まっすぐな道が出来て光が溢れていた。  そこは、上空から見ても分かるほどの、あたたかい光に包まれていた。 「夕凪、私達は風になろう」 「信二郎?」 「このまま一気に上昇して、花を咲かせる風になるんだ」  信二郎が俺とまこくんを掻き抱くと、ひゅっと風が生まれた。  これは、幸せの種を運ぶ風だ。  花を咲かせる風になっていく――  

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