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花を咲かせる風 47
「翠、ちゃんと呼べたな」
「流……聞こえたのか」
「あぁ、翠のことは全部分かる。いつも五感を研ぎ澄ましているからな」
五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚のこと。
俺の五感は翠のためにあるといっても、過言ではない。
他の人には見えない程離れた場所にいる、翠の姿を捉えることが出来る。
他の人には聞こえない程の、翠の声が聞き取れる。
他の人が気付かないほど、微かな感覚まで分かる。翠とすれ違う時に触れ合う袖からも翠の温もりを感じられる。
他の人では分からない、翠の味を知っている。(っと……これは流石にちょっと変態か)
他の人では分からない、翠が放つ香りが分かる。
翠と結ばれる前も、結ばれた後も、鍛えに鍛え抜いて敏感になった五感を持っている。
「月影寺のご住職には、頼もしい弟さんがいるのですね」
「はい。流は僕にとって一心同体の存在です」
「それは羨ましいですね」
「ありがとうございます。月光寺のご住職には、頼もしい甥御さんがいらっしゃいますね」
「確かに……まだ出逢ったばかりだが、洋くんは頼もしい存在だ」
京都に来てからの翠と洋くんが体験した不思議な邂逅と出会いは、丈からざっと聞いていた。
洋くんと月影寺は、やはり縁が深いんだな。
遠い昔、夕顔さんは月影寺に匿われて難を逃れた。
夕凪も然り。
そして夕凪が愛情を注いだまこくんは、月光寺の先々代のご住職に救われた。
光と影は真逆のようで、いつだって一心同体なのだ。
「洋くん……今、幸せでいてくれて良かった」
「はい、皆に支えられて生きています」
「不甲斐ない伯父だが……また会えるか。会ってもらえるか」
「もちろんです。俺の連絡先を教えても?」
「いいのか」
「もちろんです。俺にとって父方の親戚は伯父さんだけです。ぜひ、これから交流して欲しいです」
洋くんが美しい顔を紅潮させて訴えると、月光寺のご住職も面映ゆい笑顔を浮かべていた。人徳と人望のある人なのが伝わり、安堵する。
「私も……結婚して子供でもいれば、もっと君と打ち解けられるのに……すまんなぁ」
「そんなこと……」
「信二は凜々しく聡い子だったよ。10歳も年下だったが、幼い頃はよく一緒に遊んだんだ。あの子のことを、また教えておくれ」
「はい……俺も……もっと父のことを思い出します」
洋くんは……思い出を辿る道すらも、孤独でなくなった。
そんな晴れやかな洋くんの笑顔を、皆で見守った。
「洋さん、じゃあこれにて一件落着?」
ずっと静かにしていた薙が、ワクワクした顔で聞いてくる。
ふっ、薙は黙っていれば翠にそっくりな思慮深い美少年なのに、喋ると、どうも俺を見ているような気分になるな。
「薙くん……あぁそうだよ。この旅はね、俺の父のルーツを求める旅だったんだ」
「制服のボタンから始まったんだね」
「うん……このボタンは、おじいさんのボタンだったんだ」
「そうだ、洋くん、よかったら信二のボタンを持って行くか」
「え……あるんですか」
「あるよ。まだ取ってある」
洋くんは父親の学ランの第二ボタンを嬉しそうに受け取った。
「母へのお土産が出来ました」
「よかったら父の墓参りを、最後にしてもらえないだろうか」
「もちろんです」
まこくんの墓は、寺の中庭に建てられたばかりだった。
木漏れ日の中に佇む墓には、幸せが満ちていた。
「おじいさんの……まこくんのボタンは……月影寺にある夕凪さんと信二郎さんの墓前に供えます」
「ありがとう。父は最後まで二人の子供になりたかったと望んでいたよ。きっと今頃、天国で仲良く手を繋いで歩いているのだろうね」
「はい」
ここにも竹林がある。
きっと月影寺と月光寺は、これから提携していくことになるだろう。
そんな予感がする。
****
「おかあちゃま、おてて、つないで下さい」
「まこくん、もちろんだよ」
「おとうちゃまも!」
「あぁ」
「もう……二人とも……この手を離さないでくださいね」
「まこくん、もう二度と離さない。君は俺と信二郎の可愛い子供なんだ」
「うれしいです。おかあちゃま、あの日行けなかった夜店にもつれていってくれますか」
「もちろんだよ」
「あの日出来なかった、影踏みも?」
「もちろんだよ……光と影はもうずっと一緒だよ」
辿り着いた天上の世界で、俺たちは新しい家族として生きていく。
あの日に戻って、始めよう。
もう永遠に離れないと、君の小さな指と約束をしよう。
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