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花を咲かせる風 48

 月光寺のご住職に見送られて外に出ると、極楽浄土のような景色が広がっていた。 「池の蓮が見事に咲いていますね」 「不思議ですね。蓮の花は日の出と共にゆっくり時間をかけて咲き始めて、8〜9時頃に満開を迎え、またゆっくりと時間をかけて萎んで蕾へ戻るのに……こんな時間に満開になるとは」  その理由なら、僕らは知っている。  つい先程、極楽浄土に旅立った人たちがいた。  その人達が、花を咲かせる風を吹き下ろしてくれたのだ。 「極楽浄土に……父も旅立てたのでしょうか」 「もちろんです。きっと今頃……夕凪さんと再会しているでしょう」 「良かったです。寡黙な父でしたが……夕凪さんのことだけは最後まで熱い想いを抱いていたようなので」  カラン、コロン――  竹林を見上げると、先端で竹の葉同士が触れ合ってさわさわと心地良い音を立てていた。  その音に紛れて、天上から鈴の音が降りてくる。  あれはまこくんの足音なのだろう。  嬉しさで弾む音色だった。 「では、お邪魔致しました」 「またお会いしましょう。洋くん、元気でいるんだぞ」 「はい、伯父さんも」  僕たちは、月光寺を後にした。  来た道を戻る。    とても晴れやかな気持ちで……  暫く無言で、それぞれ感慨に耽っていた。  すると竹林を抜けた辺りで、張り切って先頭を歩いていた薙が振り返った。  何かとても思い詰めた顔をしている。 「父さん、オレ……」    どうしたのだろう?  薙ぎ倒す力を使い過ぎて、疲れてしまったのか。  それともこの一連の不思議な出来事が受け入れられず……困っているのか。  あれこれ頭の中で心配していると、突拍子もない言葉を発した。   「もう駄目だ~ すっごく腹減った~」  何を言うのかと思ったら。  薙がひもじそうな顔をして、地面にしゃがみ込んでしまった。   「だ、大丈夫?」  隣りで流が豪快に笑う。   「くくくっ、薙は俺に似て、食いしん坊だよな」   ピロリーン  続けて、流の携帯が間抜けな音を立てる。 「ん、この着信音は小森だな」 「小森君? 何かあったのかな?」 「留守を任せてばかりで、いよいよキレたかもな」 「どうしよう!」 「あー、あ? くくくっ、相変わらず頭の中、あんこ一色かよ」 「どういうこと?」  流の携帯をヒョイと横から覗くと、コツンと流の額とあたった。 「あっ、ごめんっ」 「い、いや」    まるで初めて出逢ったかのように、初々しく反応してしまった。  少しの間、京都と鎌倉で離れていたからなのか。  それとも湖翠さんと流水さんの想いが近いせいなのか。 「ちょっとちょっと~ 父さんたち、何見つめあってんの? なに? なにか耳寄り情報?」  流の携帯を薙も覗いて、今度は笑い出した。 「なに、この店の名前……オレ絶対ここに行く!」 「どういう意味?」 「だってさ、店の名前、最高だよ」 「ん?」  『京都茶寮 翠山《すいさん》』 「すいさん?」 「小森の荒い鼻息がここまで届きそうだな。最近祇園に出来た超オススメ茶寮らしい。よーし、みんなでここに行くか」 「いいね!」  薙も洋くんも丈も、満場一致だ。 「俺も腹減った。よーし『すいさん』にたっぷり甘い物食わしてもらうぞー」 「りゅ、流っ」  流がいると、気が変わる。  豪快で生命力溢れる流が傍にいてくれる。  それだけで涙が溢れそうになる。  湖翠さん……  この世では、流は生命力に溢れ元気ですよ。  僕が心の中で呼べば、ちゃんと来てくれるんです。  夕凪たちが駆け上った空を見上げて、僕は……僕の前世に報告した。  幸せだと――  今はとても幸せだと。    

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