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翠雨の後 15
明日はいよいよ高校の入学式だ。
京都旅行から帰ってからは、中学の友人と横浜や江の島に行ったりして遊びまくっていた。
じっとしていないオレを見かねた父さんに「薙、春休み最終日くらい家でゆっくりして、高校生になる覚悟を調えなさい」と言われたから、朝から大人しくしていたが、うーん、退屈過ぎる。
父さんから「面白いから読んでごらん」と渡された『誰にでもよく分かる仏様の話』という本も、写経セットも放置して、スマホを片手にベッドでごろごろしていた。
「あぁ暇だだ。オレに大人しくって無理があるよ。顔は父さん似でも中身は流さんなんだよー」
外に向かって叫んでも返事はない。
あれ? 父さんも流さんも出掛けたのかな?
あまりに暇すぎて、スマホの芸能ニュースなど普段は見ないのに開いてしまった。すると、くだらないゴシップネタの中に、ふとよく知った顔を見つけた。
「……この人って確か洋さんの従兄弟の涼くんだ。なんで彼がゴシップネタに?」
涼くんは雑誌の表紙を飾ったり時計の広告塔になったりと、今をときめく引っ張りだこのタレントモデルだ。
記事の見出しをクリックすると、涼くんが大柄な外人にすっぽり抱きしめられて、おでこにキスされているスクープ写真が画面一面に現れた。
「なんだよ? こんなの投稿する奴がいるのか。まったく酷いな。これ撮ったの一般人だろ? ファンってこえーな」
外人の切なげな表情と、目を見開く涼さんの困惑した顔。
確かにただの挨拶には見えないけれども、誰がどう見てもこっちの外人が一方的な思いをぶつけている感じだぞ。
『人気モデル涼に熱々の外国人彼氏発覚! 同性愛疑惑!?』
こんな見出しまでつけて、マスコミが煽っていやがる。
世の中えげつない。
悪意に塗れているよ!
この写真を隠し撮りしたのは、きっと最初は涼くんの熱烈なファンだったのだろう。それが突然手のひらを返して涼くんを悩ませることをするのか。父さんを襲ったあの男だって勝手に燻らせたどす黒い想いで、父さんをあんな目に遭わせた。更にオレと拓人の関係も踏みにじって……許せない。
ん? オレって、こんなに熱かった?
今まで周りなんて気にせず、期待せずだったのに。
父さんのようにまだ人生を達観できないオレは、あれからも時々こんな風に憤っている。
この感情こそ薙ぎ倒して、平常心を取り戻さないといけないのに。
そこに電話がかかってきた。
「薙、今、暇か」
「拓人、春休み何処に行ってたんだよ? 何度か電話したんだぞ」
「あぁ悪い。お父さんと旅行に行ってたんだ」
「え! そうなんか。オレも行ってたんだ」
「お互い良かったな。ちょっと会えるか。そっちに行ってもいいか」
「もちろん!」
「あのさ……」
拓人が何か言いたそうだ。
「言いたいことあるなら言えよ」
「高校の制服で行ってもいいか」
拓人……そのために電話してきたんだな。
「もちろん、じゃあオレも着るよ」
「明日から別々の高校だから、なんとなく見せたくて」
「……うん。とにかく来いよ」
ブレザーに着替えて山門に向かうと、階段の下に拓人の姿が見えた。
もしかして電話をした時から、ここにいたのでは?
そう思うと、少しだけ切なくなった。
オレを見つけると、拓人が右手をすっと上げた。
「薙!」
「拓人、待たせた?」
「いや」
拓人は夕日を背負って、頬を染めているように見えた。
「拓人、学ラン似合うな!」
「薙こそ! ブレザー姿もいいな」
「照れ臭いよ」
「薙、1日早いけど入学おめでとう。これ土産だ」
「え……いいの?」
「たいしたもんじゃないよ。箱根の寄せ木細工の栞さ」
「サンキュ、高校で使うよ」
拓人が達哉さんと旅行にまで行くようになったのが嬉しくて、自然と笑顔になっていた。
「拓人にお土産買ってくればよかった」
「いや……入学式の姿を見せてくれただけで、充分だ」
ふと、さっきまでの怒りは消え、今この瞬間が愛おしいと思えた。
オレも少しだけ成長出来た気分だ。
「薙、苦しいことの後にはいい事がやってくるんだな。俺、父さんと温泉旅行できて幸せだった」
「良かったな。オレに今の拓人を見せてくれてありがとう」
「お互い高校生活、頑張ろう!」
「あぁ、高校は別だが気持ちは一緒だよ」
さぁ前に進もう。
新しい世界へ――
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