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翠雨の後 42
やれやれ、今日も遅くなってしまったな。
溜め息混じりにハンドルを握り、アクセルを踏み込む。
月の照らす道をひた走り舞い戻るのは、愛しい洋の元だ。
もう何度……こんな切ない夜を迎えただろう。
月影寺の駐車場に駐車し、山門へ続く階段を上がると、人の気配がした。
名を呼ばなくても、呼ばれなくても、分かる。
すっと手を差し出すと、私の手をしっかり握りしめてくれる男がいる。
「丈、今日も遅かったな」
「悪かった」
「話したいことが沢山あって……その、待ちきれなくてさ」
月の光のお陰で、洋の白い歯が見て取れた。
君は、そんなに大きく笑えるようになったのか。
洋の弾ける笑顔が、今日1日どんなに幸せだったかを物語っている。
出来れば直接見たかった私の少しの悔しい気持ちを、洋は掬い上げてくれる。
「丈、俺たちの家に戻ろう! 夕食は準備してある」
「えっ‼」
「おい、酷いな、そんなに驚くなよ。涼と小森くんと協力して作ったんだ」
「そうか、なら……安心だ」
「……俺の腕は一生上達しないよ」
洋が機嫌よく私の手を握りしめてくる。
「俺の彼氏はゴッドハンドだからな」
「洋は私が喜ぶツボを心得ているな」
「もう何年、丈と過ごしていると?」
「さぁ? 前の時代も含めたら、数え切れないほど一緒にいるからな」
「あぁ、いつの世も、丈は器用に生まれつき、俺は不器用さ。それでいい」
洋が艶めいた笑みを浮かべて、月を見上げる。
その瞬間、ゾクッとするほどの美しさが放たれる。
「洋……先に洋を食べてしまいたい」
「昨日もシタのに?」
「毎晩しても足りない」
「お前のそういうとこ、変わらないな」
離れに入るなり、洋の唇を貪った。
「ん……んっ……あぁ……」
片手で細腰を抱き、もう片方の手で洋の胸を撫であげる。
胸の粒が、布越しにも尖ってきたのが分かる。
ここが弱いのを知っているから、巧みに弄ってやると、洋の腰が震える。
「あ……駄目だ。まだ……」
「可愛いな」
「続きはハンバーガーを食べてからな。俺が焼くよ」
「いや……私が焼く!」
「うん、それがいい」
ふと壁に目をやると、洋の美しい文字でポスターが描かれていた。
『Congratulations on starting high school!』
「これは今日作ったのか」
「うん、お昼間、薙くんの入学祝いパーティーを野外でしたんだ。俺はポスター係だった」
「それは賢明だ」
「ははっ、皆そういうよ。丈……俺、皆の輪の中に入れて楽しかった」
洋が私にもたれて満足そうに呟いた。
「あぁ、洋の笑顔が物語っているよ」
「……丈もいたら……もっと楽しかった」
「そうだな。そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」
「開業したら、ずっと一緒だ。だからもう少し辛抱してくれ」
「洋、それは私の台詞だが」
「そう? 俺の台詞でもあるよ?」
私たちは、以前のように事を急かなくなった。
二人で食事を準備し、ワインを傾けて、共に風呂に入って、床につく。
一連の動作の全てが、愛で包まれている。
「丈……幸せだ」
シーツの仰向けに寝かせた洋が、満ち足りた声を出す。
ワインに染まる吐息は甘く艶やかだ。
私はゆっくりと彼の寝間着を脱がしていく。
「洋、今日もとても綺麗だ」
「丈はカッコいいよ。いつの世もお前は俺を魅了する」
これが私の1日だ。
幸せな1日だ。
洋と身体を重ねて時を越す。
今宵も――
二人は一緒だ。
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