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雲外蒼天 1

 月影寺の山門を駆け下りた後は、駅へ続く坂道を一気に走り抜けた。  走りたい気分だったからね。  春風に後押しされるように、速度がグングン上がった。  まだ履き慣れない革靴、着慣れない制服だが、そんな事は気にしない。  オレが走りたいから、走るんだ!  景色が飛んでいく。  大空を飛翔する鳥のような気分になる! 「ふぅ、間に合った」  横須賀線に飛び乗って、ほっと息を吐いた。    オレが通う高校は由比ヶ浜駅にある。  北鎌倉から一駅先の鎌倉駅。そこから江ノ電に乗り換えてたった一駅で到着する。  「徒歩通学でもいいよ」と申し出てみたが、父さんは「薙、でも……雨の日は大変だし、ガードレールのない道も多いので危ないよ。だから定期を買おう」と、熱心に勧めてきた。    そんな何気ない会話にも、今は父さんの愛情を感じているよ。  父さんの息子として大切にしてもらってる。    江ノ電に乗り込むと同じブレザーの学生ばかりでごった返していた。  へぇ、中学まではいつも徒歩だったから、新鮮な光景だ。  これが通学の満員電車か。 「おっ!」  江ノ電に飛び込んだ途端、急にわらわらと周りに人が集まって来た。  目立つつもりは毛頭ないが去年からグングン伸びている身長のせいか、それとも父さん似の顔のせいなのか、何故か人目を引くようだ。  真新しい制服ではないので、上級生のようだ。 「君、新入生だよね。サッカー部に入らないか。君ならイケてるから大歓迎だ」 「ねぇねぇ、君って俳優さんみたいにカッコいいね。ぜひイケメンを活かして演劇部に!」 「なぁ、テニス部に入らないか。運動神経良さそうだし、そのルックス、即戦力だ」  なるほど、部活の勧誘か。  まぁ揃いも揃って、オレの外見に騙されているというか……  ぐるりと先輩に囲まれても愛想笑い一つ出来ないオレは「部活は、自分の目で見て、自分で決めます」と一言で薙ぎ倒してしまった。  チラッと様子を伺うと、この学校の人は皆おおらかな人なのか、何故か笑いの渦が起きていた。 「今の台詞聞いたか。まるで『伝説のR』の再来だ。コイツも何かでっかいことしでかしそうだな」 『伝説のR』ってなんだ?  それに、でっかいこと?  そんなことは興味ない。  ただ、オレらしく過ごしたい。  中学までは、いつも遠慮がちに過ごしていた。問題を起こして母さんの手を煩わしたくなかったし、父さんの手も煩わしたくないと、意識して感情と行動もセーブしていた。だが高校では、羽目を外すという意味ではないが、父さんと流さんがいてくれるから、思いっきりオレらしく過ごせそうなんだ。 「薙! おはよ!」 「あ、竜一おはよう!」  入学式で意気投合した竜一と改札口で会ったので、肩を並べて校門を潜った。  ドンっと構えていこうじゃないか。  オレの高校生活は、そうありたい。 ****  月影寺に来てから、もう5日経った。  マネージャーから世間から雲隠れする期間は1週間と言われていたので、あと2日か。  大学はまだ始まらないし、春休みに仕上げる課題は洋兄さんにも助けてもらって全て終わらせた。 「あぁ、暇だな~」  忙しない日々を送っているので、拍子抜けしてしまうよ。  暇になれていないので、どう過ごしていいのか分からない。  月影寺は静か過ぎて欠伸が…… 「ふわぁ……」  駄目だ、今寝てしまうと夜眠れなくなる。  僕はふらりと離れから出て、中庭を散歩することにした。  すると、どこからか楽しそうな声がするので竹藪を掻き分けて覗くと、洋兄さんが白猫と遊んでいた。    そこはちょうど四方八方竹藪で覆われ、死角になっていた。  結界の中の結界のような場所だ。  芝生で汚れるのも構わず、兄さんが猫をお腹に乗せたり、猫のお腹に顔をつけたりして、笑っている。  とにかく……見たこともない無邪気な笑顔を浮かべていた。  これは邪魔してはいけない気がして、そっとその場を離れた。  洋兄さんのあんなに楽しそうな顔、初めてかも。  本当に良かった。    兄さんの笑顔が大好きだ。  だからもっと笑って欲しい。  もっと幸せになって欲しいんだ。      

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