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雲外蒼天 6
「流、ちょっといいか」
庫裡で昼食の仕込みをしていると、本堂でお勤めをしているはずの翠がひょっこりやってきた。
何事かと手を止めて振り向くと……
「んんん?」
白い物体は分かる。
洋の愛猫のルナだ。
だが、そっちの黒いのはなんだ?
「流……なぁ、駄目か」
小首を傾げて問う兄のあざとさよ。(いやいや本人にそのつもりは毛頭ない。至って自然な振る舞いなんだ。天然だからな)
「兄さん、何を今度は抱えているんだ? 懐にルナじゃないヤツがいるが……」
それは誰がどう見たって黒猫だ。
「この子はシャドーだよ」(もう名付けたのか!)
「はぁ?」(んなの、初耳だぜ!)
「流、聞いておくれ。この子を僕の猫にしたいんだけど……なぁ……駄目か」(二発目・発動かよ)
俺は濡れた手を手拭きで拭いて、兄さんの前に立った。
兄さんが洋のルナに憧れているのは知っていたさ。洋のアドバイスもあり、俺だってもう少ししたら猫を贈るつもりだったのに、どうしてこう順序が逆転するんだ?
「どうやって手に入れたんだ?」
「寺の迷い猫なんだけど……この子ね、流に似てる気がして」(おおお? そう来るのか)
黒猫の顔を覗き見ると、確かに俺に似て凜々しく精悍で逞しいじゃないか!
「そうか、俺に似ているのなら捨て置けないよな」
「そうなんだよ。だから僕の猫にしたいんだけど、流の猫にもしてくれるかな?」
「んん?」
兄さんは決まり悪そうに明後日の方向を向いてしまった。
「悪い、ちょっと意味不明だ」
「つまりだよ。この猫はね……僕たちの子なんだ」
ズキュン!
やべー トドメを刺されたぞ。
「僕たちって……翠と俺のことか」
「そうだよ」
翠の中に俺のものを注ぎ込んだって、俺たち男同士だ。
どう転んでも懐妊するはずもなく、俺はこの世に子孫を残すことはない。
そんなの分かりきっているし、翠の子供、薙がいるから何の迷いもないことだったのに……
あどけない黒猫を俺たちの子と言われ、俺も照れ臭くなった。
「つまり、お……俺の子でもあるのか」
「そう! だから飼ってもいい?」
飼う、飼う、飼う!
子供にする、する、する!
翠と俺の子猫ちゃん♡
「あぁいいぞ。一緒に世話をしよう」(デレーン)
「流! あぁ、ありがとう。だから大好きだよ」
兄としてではなく一人の男として、俺を好いてくれる翠。
そんな翠の望みは、何でも叶えてやりたい。
「よしよし、こっちにこい」
「にゃあ~」
俺にもすぐに懐いてくれたので、思わず破顔してしまった。
「なかなか可愛い猫じゃないか。お前、翠と俺の子になるか」
「にゃあ!」
「流、この子は『シャドー』だよ。月影の影だ」
「へぇ、住職さまにいい名をさずけてもらったんだな」
「にゃあ!」
ルナとシャドー二匹はとても仲良しだ。
「んん? もしかしてお前たち、そのうち番になるのか」
「かもしれないね」
「まぁいいんじゃないかな? 幸せなら」
そうだな、細かいことは必要ない。
大きく見渡して幸せならいいじゃないか。
小さな不幸をねちねち数えるよりも、大きな幸せで包み込んでしまう方がいい。
****
「ちょうどよかった。涼ちゃんにいいお洋服があるのよ」
「僕に? 僕、洋兄さんの服ばかり借りていたので、楽しみだな」
「こっちよ~」
おばあさまは勝手知ったる様子で、ひらひらと手招きする。
例のお母さんの洋服ダンスには、沢山のドレスがスタンバイしている。
「ジャジャーン! これよ!」
「え?」
涼は目を丸くしている。
「おばあさま、これ女物ですよ?」
「だから一番バレない方法でしょ」
おばあさまが丸め込む。
「あぁ、そういうことか。洋兄さんはあまり驚いてないけど、もしかしてここでは日常茶飯事?」
いきなり涼にふられて動揺した。
さすが10歳年下の若い感性だ。
怖じ気づくのではなく、そう来る?
「え! ええっと……日常茶飯事ではないけど……何度かしたことはある」
「えぇ! いいな! 洋兄さんの女装。見たい! 僕もするから一緒にしようよ」
「涼~ 少しは抵抗しないの?」
「人生一度きり! おばあさまの提案に乗ってみるものいいかなって」
「そうか、涼は逞しいな」
フッと肩の力が抜ける。
「よし、俺も着るよ。涼と一緒に!」
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