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天つ風 5

 洋くんの屈託のない晴れ晴れとした笑顔に、僕と流は思わず手を止めて見惚れてしまった。    とても、いい笑顔だ。  月影寺でやってきて穏やかに年を重ねた君は、儚げで頼りない女性的な印象から中性的な雰囲気へ、そして今は男気のある艶めきを放っている。  泥の中から這い出て凜と咲く蓮のように、君も朗らかに笑っている。  僕と君は同じだ。  洋くんの存在がこんなに心強いなんて。  洋くんを見ていると、僕も頑張れる。  君の存在が糧となる!  男三人、狭い衣装部屋でガヤガヤ騒ぐのも悪くない。  高校の学ランを手に取ると、当時の想いが蘇ってきた。    この学ランを着ていた頃……  僕はいろんな仮面を取っ替え引っ替え、付けていた。  弟を束ねる長兄として。  寺を継ぐ意志と覚悟を持った息子として。  理解ある友人として。  聞き分けの良い優等生でいよう。  だが、それはけっして上から押しつけられたものではなかった。  生まれながらの気質なのか、自然と溢れ出る感情だった。  だから僕は幾度も幾度も、寺の山門の前で涙を拭った。    あの日も、あの時も――  いま思えば、浅はかなことを……  自己を犠牲にすれば、全てが上手くいく。  僕が痛みに耐えれば、弟たちが笑顔でいられる。  若かりし日の僕は、降りかかる災難を、そうやって守る術しか知らなかった。 「青かったな」 「ん?」 「……当時のことを考えていた」  少し場が暗くなりそうな気配を流が察したのか、「俺のもあるはずだ、探すぞ!」と手を引っぱってくれた。  沈むな、過去は過去だ。  何度も何度も繰り返される流からの強いメッセージが胸にドンと響く。 「流のブレザーはどこだろう? 僕のを宝と言ってくれるのなら、流のもあるはずだ」    再び僕と流と洋くんで手分けして、衣装ダンスを荒らした。 「これって丈が見たら呆れるだろうね」 「うん、叱られそうだね」 「おいおい、丈が翠を叱るなんて100年早いぞ」 「丈のもあるでしょうか」 「もちろんあるよ」 「探したいな」 「丈はグレーの学ランだったよ」 「へぇ」  もう一人の弟は、仕事柄こういう楽しい場面に立ち会えないことが多い。  だからせめて話題にしてやりたい。  三人の共通の願いだ。 「あ、あった!」 「これは丈のだね」 「すごく綺麗だ」  洋くんが目を輝かせている。 「丈は中高、千葉で寮生活で酷使してないから、綺麗なのさ」 「これ、丈に見せても?」 「もちろんだよ」  さてと、あとは流のだけだ。    ところが、なかなか見つからない。 「おかしいじゃないか、どうして俺のだけないんだ?」 「こんなに探してもないなんて、ここではないのかも」 「よし! 母さんにもう一度電話をしてくる!」  流がムキになっている。    相変わらずだなぁと、洋くんと微笑みあった。 「母さん、俺のだけない!」 「あら、やだ。そんなことで電話してきたの?」 「いいから、教えてくれよ」 「んー どうしたかしら? あぁ、そうよ、あなたのはクリーニングに出しても異臭がしたから納戸の瓶の中に入れたわ。どんだけ干物焼いたのよ? 燻った匂いが染みつくわ、すり切れてボロボロだったわ」 「はぁ、標本かよ?」 「違うわよ。匂い封じよ」 「……」  流と母の電話の内容が聞こえてきて、また笑った。  知り得た情報では、納戸の瓶《かめ》の中にあるそうだ。 「翠さん、マスクします?」 「うん、あとビニール手袋もいるかな?」  洋くんと愉快に話していると、流が戻ってきた。 「あのさ、俺のは発掘に時間を要することが分かった」 「そうなの?」  流がそう言うのなら従おう。  僕には今の流がいる。  それが全てだ。 「……とりあえず、今日はジャージで我慢しろ」 「あ、うん!」  それで満足だよ。  あのジャージはいい。  僕を包んでくれるから。  そこに薙が勢いよく飛び込んで来た。 「なんだ、父さんたち、こんなとこにいたの? 学ラン見つかった?」 「あぁ、薙、ほら、綺麗だったよ」 「お! 本当に拓人と同じ制服だ」 「そうだよ」 「本当にそうだったんだなって実感したよ」 「僕のを着てくれるの?」 「うん! 父さんの着たい! 着ていい?」 「もちろんだよ」  当時の僕が出来なかったことも、薙にならきっと出来る。  感情を解放し、思いっきり声を出して――  薙の応援団姿、楽しみにしているよ。 補足 **** 翠と流の過去編は『忍ぶれど…』にて。 本編とリンクしています。    

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