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天つ風 13
季節は更に足早に巡り、あっという間に6月上旬だ。
今日はいよいよ薙の体育祭。
晴れ予報だったので、予定通りに決行されるようだ。
土日は法要が入っていたので、平日開催で助かった。
今日は寺は小森に任せて、俺たちは弁当持参で薙の高校の体育祭に向かう。
それにしても、まだ丑三つ時か。
興奮してもう目が覚めちまった。俺は昔からイベント前はこうなのさ。
そっと離れの寝床を抜けると、隣の翠はまだ熟睡している。
眠る姿まで上品な兄。
清らかな寝姿を、目を細めて見つめた。
「今日も綺麗だ」
姿、形だけでなく、内面から滲み出る美しさがしみじみと好きだ。
翠の生き方が尊い。
だから俺はそれを全力で守り、支える人となる。
遠い昔、湖翠さんが心中でひっそりと俺を探し俺を想って、生涯を終えたと想うと涙が出るぜ。
だがもう安心しろ。もう絶対に翠を一人にはさせない。
サラサラな栗色の髪を手で梳いてやると、少し額が汗ばんでいた。手ぬぐいで汗をふいてやると、翠が寝返りを打って俺を探すように手を彷徨わせた。
その手をギュッと暫く握ってやると、安心したのか、また深い眠りに落ちた。
まだ早い、眠っていろ。
欠伸をしながら顔を洗い、眠気を振り払うと、バサッと伸びた髪が音を立てた。
鏡に映るのは、翠が愛する男の顔だ。
つい先日も、俺の長い髪が好きだと言ってくれた。
翠を抱いていると、いつも手を伸ばして俺の髪に優しく触れてくれる。
愛おしげに目を細めて――
翠に愛された身体は、翠のものだ。
俺の全ては、翠に捧げている。
盲目的な愛? いやこれこそが俺たちが求め続けた永遠の愛なのさ!
「さてと、作業開始だ」
無造作に髪を束ねて、庫裡に入る。
まず小豆を流水でさっと洗い、鍋に小豆と3倍の水を入れて中火にかける。煮立ったら10〜15分ほど煮て、小豆をザルにあげて水気をきる。更に水を入れ替え再び小豆をやわらかくなるまで30分ほど茹でる。
その合間に米を研いで、水に浸した。
「よし、とろみが出てきたな」
小豆の柔らかさを確認するといい塩梅だった。そこから弱めの中火にかけて、砂糖を加え、あとはふつふつさせたまま、時々混ぜながら、ぐつぐつ煮込んでいく。
出来たてのあんこで、おはぎでも作るか。
今日は小森に寺を任せるから、それなりの対価が必要だ。
俺は結局、小森にも甘いよな。
まぁ、アイツは可愛い。
つぶらな瞳であんこを欲すると、いくらでも与えたくなる。
翠のことばかり言ってられないな。
あんこは、もう何百回と作ったので慣れた手順だが、俺はけっして手順を省かず怠らない。
少しの油断でも、台無しになってしまうから。
人間関係もそうだろ?
慣れた関係になった途端、相手をなおざりにする人にはなりたくねーな。
心を込めて接すると人間関係は深く根を張り出す。そうやって培った縁は、環境の変化などで途切れそうになっても、根っこがあるから大丈夫さ。
せっかく出逢えたこの世の縁。少しばかりの心のすれ違いで、すぐに切るのは勿体ないぜ。
まぁ、すべては相手の心次第だがな。
俺は縁を大切にしたい。良い縁にしていきたい。
翠と今生で再び出逢えた縁に、感謝しても仕切れないから。
あんこが完成した後は、おにぎりの具材を用意した。
紅鮭にたらこ、おかか、梅干し、豪華だぞ。
なにしろ『お父さんが握ったおにぎり』が今日のメインディッシュだからな。
やがて空が少し明るくなると、パタパタと廊下から足音がした。
「流、起こしてくれたら良かったのに」
あぶねー!
飛び込んできた翠の姿に、朝から鼻血が出そうになった。
さっきまで、ちゃんと着ていたはずなのに……。
「兄さんは、どうしたらそんなに浴衣を着崩すことができるんだ? それじゃ裸同然だ」
「そんなことはいいから、おにぎり、もう握っちゃったのか」
「まだだよ。ちゃんと取ってあるから安心しろって」
「ふぅ、よかった。あっ……僕、こんな姿で」
今頃気付いて胸元をなおすのは天然なのか……はぁ、この人は。
「いっそ裸で握るか」
「絶対に、い、や、だ」
翠が頬を染める。
それならと、割烹着を手に取る。
「なら裸割烹着は、どうだ?」
「くすっ、流、それは色気がないよ。やっぱりエプロンじゃないと」
「おぉぉ! 翠からそんな台詞が出るとは」
「ちょっと、流、僕に何を言わせるんだ? これじゃ宗吾さんに弄られる瑞樹くんみたいでいやだよ」
「ははん、宗吾の気持ちが痛いほど分かるぜ。鼻の穴が膨らむ」
「流~ もう知らないよ!」
真っ赤になってプンプン怒る翠も、最高に可愛いな。
さぁ、間もなく夜が明ける。
今日も俺たちの縁を深めていこうぜ!
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