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天つ風 40
流が薙をおんぶしたまま客間に入るのを見送り、僕は体育祭の荷物を居間に運んだ。
荷物を整理してから薙の様子を見ようと廊下に出ると、ドンっと流と鉢合わせた。
「おっと悪い! 大丈夫か」
「大丈夫だよ。それより薙の様子は?」
「少し眠そうだから布団を運んでやろうと思ってな。他にも勉強道具も一式運ぶぞ!」
骨折が治るまで薙の部屋を一階の客間に移すと、流は張り切っていた。
「そうだね、その方がいいね。じゃあ僕も手伝うよ」
「いや、いやいや、翠は疲れているだろう。すぐに終わらせるから、いい子に待っていてくれ」
「……『いい子』って、僕は薙の父親だよ?」
「それはまぁ……そうだが『二次災害』という言葉もあるしな。とにかく、その方が安心なんだ。なっ、言うことを聞いてくれ」
逞しい腕で肩を掴まれ、懇願されてしまった。
その台詞に「これでは兄弟が逆転だよ」と苦笑する。
だが流の申し出も一理ある。
僕より遙かに力のある流ならば、あっという間に荷物を運べるだろう。
それに比べて僕は……
自分の相変わらずほっそりとした腕を見つめて、また苦笑した。
確かに早起きして弁当を作って、炎天下、体育祭の応援で興奮し、それから薙の骨折と胸がドキドキしっぱなしで、心も身体も疲れている。
袈裟を着ていたら、これが修行ならば……ある程度は耐えられるが、今日のようなペラペラな薄い服装では、心が丸えで、ショックも大きかった。
「ふぅ……喉が渇いたな」
水が飲みたい。
いつもなら阿吽の呼吸で、流がキンキンに冷えた麦茶を差し出してくれるが、今日は無理だ。
大丈夫だよ、流……自分のこと位、自分で出来るよ。
庫裡の冷蔵庫から麦茶を取り出し、ゴクゴクと飲み干した。
流の分も入れてあげようと思い立った。
氷を入れた方がいいかも。
サクッとスコップで氷を掬ったはずなのに、何故か床にパラパラッと散ってしまった。
氷が溶けたら、床が水浸しだ。
これも二次災害になってしまう。
慌てて拾おうと思ったら、ゴツンと冷蔵庫の角に頭を思いっきりぶつけてしまった。
目にチカチカと火花が散る。
「痛っ」
そこにヌッと現れた大きな影。
「翠兄さん、一体なんの騒ぎですか。今、派手にぶつけましたね。見せて下さい」
「丈……」
今度は丈に見下ろされて、頭を慎重に撫でられる。
「コブは出来てませんね。でも少し冷やしておきましょう。さぁこちらに来て下さい」
今度は何故か、丈に手を引かれて廊下を歩く。
「いいですか、流兄さんが戻って来るまで『いい子』にソファに座っていて下さい」
「……丈は?」
「私は夕食の手伝いをしますよ」
保冷剤をタオルで巻いたものを頭にあててくれる。
「ん、冷たいね……丈、後で僕も夕食の手伝いをするよ」
「え? いやいや……二次災害という言葉もあるので今日は勘弁して下さい」
「そうか」
今日はやたら『二次災害』という言葉を聞くな。
僕、そんなに不器用かな?
そこまでじゃないと思うが。
どうしたら役に立てるのかな。
でも……今日は疲れたから、無理かもしれない。
そんなことを考えながら転た寝をしてしまった。
そのまま夢を見た。
幼い薙が、僕に抱きついてくれる夢だ。
……
「パパぁ、スキ」
「なーぎ」
「パ……パ、どこにもいかないでね」
「うん、ずっと一緒だよ」
……
僕の息子、薙。
君に会えて良かった。
君は僕の希望。
強く人生を切り開いて欲しい。
薙ぎ倒されるのではなく、薙ぎ倒して自分の人生を――
あどけない息子が僕に懐いてくれる喜び。
全部……僕の弱い心が原因で、手放してしまった。
視力を失ない交通事故に遭って月影寺に戻り、ようやく正気に戻った時、激しく後悔した。
薙……薙……薙をひとりで置いてきてしまった。
どんなに頼んでも、僕の状況は不利で遭わせてもらえない。
薙はきっともう……僕を「パパ」とは呼んでくれない。
でもこの温もりはリアルだ。
今、この世界で……僕に抱きついてくれるのは薙なのか。
高校生になった薙がまさか……
夢じゃなければ、最高の幸せだ。
もしも……もしも……今、君が僕を「パパ」と呼んでくれたら、僕は「なーぎ」と返事しよう。
僕にも出来る事がある。
「パ……パ……」
「なーぎ」
親子の交流は、まだまだ出来る。
抜け落ちた部分があるなら、これからの人生をかけて取り戻していけばいい。
過去は変えられなくても、心の穴を塞ぐことは出来るだろう。
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