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出会い7
高校時代の電車でのことを思い出してしまった俺は、あの嫌な記憶を頭から追い出したくて、首を横に大きく振った。
「もう、いい加減に忘れよう。もう俺は……あんなに弱くない」
アメリカに行ってからの俺は、高校時代のことを教訓に警戒して生きてきた。そのお陰で向こうでは、嫌なこともあったが、そう目立たず過ごすことが出来たんだ。
もう3時か…シャワーを浴びたいな。場所……どこだ?同居人はもう寝ただろうから、今のうちに浴びてこよう。
そっと部屋を出てみると、さっきあの男が座っていた場所には、PCのモニターが光っているだけで、もう誰もいなかった。ほっとした俺はシャワールームを見つけそっと入った。
「よかった。鍵がついている」
シャワーの温かいお湯は、久しぶりの日本での生活に緊張していた俺の身体をじんわりと溶かしていく。
「あぁ気持ちいい。生き返る……」
****
リビングを出て突き当り左の部屋が、私の部屋だ。あいつの部屋とはちょうど向かい合わせになっている。結局、いつまでたっても起きてこない同居人の様子を気にしつつ、眠りについた。
ふと目覚めると、お湯が流れる音が微かに聞こえた。
やれやれ……やっと起きたようだ。真夜中にシャワーを浴びているのか。そんな音になぜかほっとして、また眠りについた。
そういえば、あいつ名はなんというのだろう?
****
結局俺はそれから寝付けなかった。同居人とはまだきちんと挨拶できていないが、地下鉄のことを考えると、一抹の不安がよぎる。やはり早く行こう。スーツに着替え、まだ6時前なのに、そっと玄関を出ようとした瞬間、呼び止められた。
「おいっ」
「えっ!」
振り返ると、昨日の後ろ姿の男がむっつりとした表情で立っていた。
「お前なぁ、挨拶くらいしたらどうなんだ?」
厳しい口調とは裏腹に、その男は吸い込まれそうなほど黒く静かな眼差しで、とても静かな空気をまとっていた。
この空気感……どこかで?遠いどこかで…俺はこの眼差しを知っている。
「聞いているのか」
「あっ」
はっと我に返り挨拶をした。
「俺は 崔加 洋(さいが よう)。よろしく」
「君ね……昨日も話の途中で消えるし、一応私は、君の上司なんだよ」
呆れ顔で男はつぶやいた。
「私は医師の張矢 丈(はりや じょう)だ。メディカルドクターという立場なので、君と同じ職場にいる」
「会社から聞いていた。昨日は、俺は、その疲れていて……そのまま寝てしまって」
静かな男の静かな目で問われ、妙に素直に答えてしまった。
はっ、なんだって俺がこんなにもしおらしく詫びた?自分でも驚いてしまった。
「おいっなんでこんな馬鹿みたいに早く行く?君は昨日から何も食べてないだろう。こっちへ来い!」
腕をいきなり強く掴まれたので、俺は反射的に叫んでしまった。
「俺に触れるな!」
「なんだ?お前?」
唖然とした顔でいる同居人の顔を後目に、その手をパシッと振りほどき、俺は外へ駆け出した。
駅のホームに辿り着き息を整えてみると、いきなり掴まれた二の腕に、まだその感触が残っていた。
だが不思議なことに、いつもなら不快なだけの、同性の手なのに嫌じゃなかった。
何故だ?この心臓の高鳴りは、走ったせいだけなのか。
俺は……少し変だ。
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