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はじまり 1

   会社帰りに俺はベーカリーに立ち寄り、適当に腹に溜まりそうなパンをいくつか選んで持ち帰ることにした。キッチンはどう使えばいいか分からないし、あの同居人と必要以上に顔を合わせるのなんて面倒だ。  それなのに……テラスハウスの前に着くと窓から灯りが漏れていて、何故か少しだけ、ほっとしてしまった。  誰もいない暗い家よりはマシとういうことなのだろうか。洗面所で手を洗いリビングへ入ると、あいつがキッチンに立っていた。  へぇ……料理もするのか。 「あの、戻りました。俺食事は買って来て……部屋で食べます。それじゃ……」  一応丁寧に声をかけ部屋へ行こうとすると、あいつはツカツカと俺の方にやってきて、また腕を掴んだ。 「おいっ! 君は朝から一体何考えている!」  俺は掴まれた腕の方が気になり手を引いて離そうとするが、その腕の力は朝より強くて、びくともしない。 「はっ……離せよ!」  あいつはクスっと笑った。 「君ってさ……ずいぶん私のこと警戒しているが、何故だ?」 「えっ!」  図星を指され、いささか焦る。 「まさかとは思うが……この私が男相手に何かするとでも思っているのか」  俺はかっと顔が赤くなってしまった。 「違う!」 「なら、食事まだだろ?食っていけ!」 「いや……いい。買ってきたから」  断ると、俺の腕に抱えている紙袋の中身をちらっと見て 「やっぱり……こんな食生活ばかりしてるからだな。そんなに痩せて顔色が悪いのは」 「あんたには関係ないだろっ!うるさい!」 「私は医者だから、言うことを聞け!」  今度は手首をぐいと掴まれダイニングへ連れて行かれてしまった。その強引さに動揺するが医師であるということに少しだけ油断して、言うなりに座ってしまった。  でも……掴まれた手首、振り払うほど嫌じゃないのはなぜだろう?医者だからなのか。それとも? 「ちょっと待ってろ、ちゃんと野菜も食べろ」    しばらくしてコンソメの香りが食欲をそそる温かい野菜スープが出てきた。俺が買ってきたパンも、皿に並べ出してくれた。 「……ありがとう。」  くそっ!どうも調子狂う。こんな同居人。どう対応したらいいのか分からない。温かいスープの湯気で目の前が霞む。その向こうに俺のことをじっと見つめているあいつがいる。  だが……その視線は今まで俺のことをじっと見る男から感じたあの邪なものではなかった。  遠い昔こんな瞳を俺は見たことがある。何故こんなに懐かしく感じる?  また朝の不思議な感覚が蘇ってくる果たして、この男は信用できるのか。またあんなことにならないだろうか。信じても……大丈夫なんだろうか。  俺は頭の中でぐるぐると自問自答した。 「どうだ、美味しいか」  調子が狂う。この先一体どうなっていくのだろう。思わず深い溜息が漏れてしまった。

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