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はじまり 2

「もっと飲むか?」 「……あぁ」  スープのお代わりと共に自分の分も持ってきて、俺の向かいに腰を下ろしたと思ったら、今度は質問攻めだ。 「ところでさ、君は何故あんな早く会社に行くんだ?」 「え?あの……混んだ電車が苦手だから」 「ふーん、そうか。それなら明日私は出社するから、一緒に車に乗って行け」 「いや……電車で行くので大丈夫だ」 「ふんっ頑なだな。ところで、君いくつだ?」 「二十二歳……」 「へぇやっぱり若いな。朝は八時半出発だからな。朝飯もちゃんと食っていけよ!」  えっ!車に同乗?大丈夫か……俺。  アメリカで車に乗って散々な目に遭ったじゃないか。でも同居人は医師だし、俺のことを見る目も何故か嫌な感じがしない。だからもしかしたらこの人なら……大丈夫かもしれない。  俺が警戒しすぎているのか。それにしても同性とのこんな普通の関係は久しぶりで、どう反応していいのかわからなくて、自分でも驚くほどぎこちない。何を話していいのか分からず、俺は黙々とスープを飲み続けた。 ****  彼は何か言いたそうにしていたがその言葉を飲み込み、スープを黙々と飲み続けた。  意外と素直じゃないか。一体何を警戒して突っ張っているのか分からないが、気になる奴だ。  危なっかしくて、放っておけない。私としたことか、なぜかつい世話を焼いてしまう。    スーツを脱いで部屋着になった洋が、再びキッチンに戻ってきた。 「さっきはご馳走様。あの……俺、片づけておくから。その、作ってもらったお礼で」  ぎこちなく皿を洗いだした。  私はずっと一人で気ままにやってきた。好きな時間に食事をし、好きな時間に眠り、好きな時間に起きて……なのに、なんで同居人ができた途端、自分の生活を変えてまで、彼に合わせているのだろうか。  暫し物思いにふけっていると、キッチンからグラスがガシャッっと割れる音がした。 「っ痛!」 「大丈夫か」    慌てて割れたグラスを片づけようとしている洋の手を制した。人差指を見ると、破片をかすめて切ったようで、指先から血が滲み出てきていた。 「やれやれ……やっぱりアメリカ帰りのお坊ちゃまには無理だったな」  洋の指をひっぱり、ソファに座らせた。 「そこに座ってろ」 「……すまない。あのグラス高かったよな? 」 「そんなこと気にするな」  ぎゅっと押さえ止血してやると、洋は顔をしかめた。 「あっ……痛っ」  男性なのに、指はとても長くほっそりしていて、痛みに綺麗な顔を歪ませて堪える表情に、何故かまた胸が高鳴った。  おいおい……私としたことが。これは患者だ。いつも振り払われていた手を私に委ね、今は大人しく治療を受けている洋が、急に可愛らしく思えてきた。 「君も意外と素直に言うこと聞くんだな。なんだか可愛い奴だな」  すると洋は顔を赤くした。 「な、何言ってんだよ!あんたは医者だから悪いと思って大人しくしていればっ!ふざけたこと言うなよっ!」  手を引っ込め怒りながら、いや照れながら、自分の部屋へ行ってしまった。  突っ張っているが、素直で可愛くて恐ろしく綺麗な奴だ。  なぜか接すれば接するほど、心が囚われていく。これは危険すぎる。

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