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雨に濡れて 6
少しずつ確実に洋との距離が近づいている。
私は洋を怯えさせないように最大限の注意を払い接している。 さりげなくスキンシップを自然と増やし、男への恐怖感をなくして欲しいと願っていた。
今日は帰宅した洋に料理を手伝ってもらったら、お坊ちゃん育ちなのか、たどたどしい仕草が可愛くて、つい揶揄いたくなってしまった。
キッチンが狭いのをいいことに洋を抱きしめるように背後に回り、ヘラを持つ男にしては華奢な右手の甲に、私の手を添えて炒め方を教えてやった。
私より背が10cmほど低い洋の背後に立つと、まるで抱きしめているような錯覚に陥り、背後から見下ろすと、長めの黒髪から見え隠れする白くほっそりとしたうなじにそっと口づけしたい衝動に駆られてしまった。
その気持ちを必死に押し隠していると、驚いた事に私のものが硬さを持ちつつあるのに気が付き、慌ててさりげなくその場を離れた。
ポーカーフェイスなら得意だ、医師だしな。
洋も意識してしまったのか、耳まで真っ赤にして押し黙っている。 ここで初めて出逢った時は肩に触れるだけで叩かれ、ろくに顔も見せてくれなかったのに、ずいぶん進歩したものだ。
近い将来……私がこの穢れなき天使のような男の羽をもいでも許されるのだろうか。抱いても許される日が来るのだろうか。まだ時は熟してないが、近い将来そうなる予感で満ちていた。
そもそも散々女を抱いてきた私が、男を抱きたくなる日が来るなんて思いもしなかった。
洋を見ていると放っておけない。
極端なほどに植えつけられてしまった男への恐怖心を私の手で取り去ってやりたい。 この胸に抱き包み込んで、安心させてやりたい。洋の日常に安らぎを与えてやりたい。
これは彼への治療だ。そんな風に自分で自分を納得させてみるが、どうもしっくり来ない。
私の本能が洋を真っ直ぐに求めてしまっている。はぁ……まさか同居人の男相手に、こんな感情を抱くことになろうとは。
私は一体どうしたのだ?洋にもっと触れたい。そればかりが頭の中を駆け巡っているなんて。
キッチンの片隅で邪な感情に押しつぶされそうになり、ため息を漏らすしかなかった。
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