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第1話(蒼衣side)

眠れない。 眠れる気がしない。全くもって。 だって明日は、紺と行く2人っきりの卒業旅行だから。 想いを伝えられるだけでいい。 そんな風に思って卒業式の日に告白して。 戸惑いを映した瞳の色を見て、一瞬で後悔してしまった俺は走って逃げ帰ってしまった。 伝えるだけ、なんて言っておきながら一握りでも期待してしまっていた自分の浅ましさが許せなくて。 まさか追いかけてきてくれるとは思ってもみなかったから。 泣き疲れて眠りこけてしまった俺に優しい、優しいキスをくれた。 なんなのこれ、逆転ホームラン? ジェットコースター? めくるめく展開に思考がついていかない感じだったな。 まるでプロポーズみたいな返事に、また泣き出してしまった俺をぎゅっと抱きしめて、好きだよって気持ちが流れ込んで来るみたいなキスをくれて。 そこでやっと、あぁ、紺と両想いになれたんだなぁって実感出来たんだ。 卒業後の進路は別々になってしまう。 紺は家を出て隣の県の大学へ行く。 俺は地元の看護学校に通うことになっている。 卒業式が終わってから新生活の準備やら、の合間をぬって想い出作りに勤しんでいる。 やっと思いが通じあったのに離れるのは寂しいけれど。 でも大丈夫。 気持ちは通じあっているから。 紺にそう言ったら何だかおかしな顔をされた。 「寂しいのは俺だけ?」 しかめっ面でぽつんと言うから。 愛しくて、愛しくて。 「そんな訳ないでしょ。」 ふっと笑った俺を紺がぼうっと見つめる。 思わず抱き寄せていいこ、いいこと頭を撫でた。身体を固くさせたまま、しばらくされるがままになっていた紺が、ふいに顔を上げる。 「蒼衣。あのさ、温泉行かない?2人で。」 「お、温泉?2人で?」 「そ。卒業旅行って事で。…お泊りで。」 「…お、お泊り。」 つい口ごもってしまった。何だか顔が熱い。 そう。俺達はまだ致していない。気持ちが通じあってからまだ日も浅いし。 キスは数え切れないほど重ねたけれど。 紺がふいにくれるキスが好きだ。おでこに、瞼に、唇に。優しく啄ばむようなキスも、舌と舌が絡み合う痺れるようなキスも。 離れてしまう前に、紺の肌を知りたい。 そうしたら、会えない寂しさを埋めてくれる気がするから。 辛くなったらそっと宝物の箱から取り出して眺めたい。 でも紺は? どう思ってんだろ。 キスが深いものになっていく時、背中に回された手が服の中に潜り込んで来て、背骨の辺りをすうっと撫でられたり、首筋に口付けられた後、耳を軽く噛まれたりする。身体が喜びに震える。大好きな人に触って貰えて嬉しいと。 でも、このままいっちゃうのかな、と思っていると紺は必ず小さな溜め息をついてから、ぎゅっと俺を抱きしめる。 そこでいつもストップしてしまう。 やっぱし男の俺じゃそんな気にならないのかな。 好きだって告げて答えてくれた。 それだけでも十分なのに。 恋をすると人って欲深くなるもんなんだな。 知らなかった。 「何難しい顔してんの?お泊り、駄目?」 「いやっ、駄目とかじゃなくて!行きたい! でも、あのその…。泊りって事は、その…。」 「抱くよ。」 「‼︎ 」 思わずおかしな声を出すとこだった。 こんなとこまで実に男前だ。 しどろもどろになって真っ赤になっていた自分が逆に恥ずかしくなるくらい。 「は、はっきり言い過ぎじゃない?」 「言いますよ。ずっと我慢してたんだから。」 「我慢、してた?なんで?」 「俺が先に進もうとすると、身体、強張ってただろ?ゆっくり行こうと思ってたけど、なんかもう、最近蒼衣可愛いんだもん。」 そっか。ちょっと怖いなって思ってたの、伝わっちゃってたか。さすが、幼馴染。 でも可愛いってなに。可愛くはないだろう。 「あと、何だかごちゃごちゃ考えてるんじゃないかな、と思って。俺は蒼衣が思ってるより、相当蒼衣の事好きだと思うよ。男だからダメなんじゃないか、とか考えてるだろ?違うからね。我慢!してるんです‼︎」 ドヤ顔で言い切る紺に思わず吹き出す。 「蒼衣のこと大切だから。大事にしたいから。」 「うん。ありがとう、紺。」 分かって貰えている事にじんわり嬉しさが広がる。あぁ、やっぱり大好きだ。 「でももう我慢できないって事ね?」 込み上げてくる愛しさに、笑いながら言うと。 「もう我慢できない。限界。だってさ、さっきだってあれ何⁉︎ 頭なでなでとか可愛過ぎだから!もー、我慢むり!丸ごと俺のもんにするから。」 「うん。分かった。俺も紺の事、丸ごと欲しい。」 「!」 今度は紺がさっきの俺みたいに、真っ赤になってる。 紺の胸に顔を埋めて抱きつく。紺の少し速い鼓動を聞いて安心する。幸せのため息をひとつついてから、呟く。 「…温泉、楽しみ。」 「うん、俺も。」 もっと紺の事、知りたい。まだ見たことないとこも。俺の事も知って欲しい。 覚悟は決まったけれど、やっぱり眠れる気がしない。 目を閉じたところで、携帯が鳴る。紺だ。すぐさま電話に出る。 「…寝てないな?」 「紺もね。」 2人で笑い合う。 「蒼衣。大好きだよ。俺はまだ自覚したばっかだから、蒼衣は自分の方が好きだと思ってるかもしんないけど、負けてないから、俺。」 欲しい時に欲しい言葉をくれる、大好きな人に。 「ありがと、紺。ただ、それはほんと、俺の方が好きだから!片思い歴12年なめんな!先輩と呼べ!」 「ぶっ。先輩て。やっぱお前、すげー好きだわ。」 いや、俺の方が好きだし、いや俺だね、何てひとしきり言い合ってから。 「おやすみ、蒼衣。」 「うん。おやすみ、紺。」 さっきまでの胸のざわざわはどこかに行ってしまった。温かな気持ちで満たされた俺はすぐさま夢の世界にダイブしたんだった。

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