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第2話(紺side)
ほんとにどうしてくれよう。可愛過ぎるのだ。最近出来た恋人が。
幼馴染で親友で。
ずっと、ずっと俺のことを好きでいてくれて。
卒業式のあとに告白されたときは本当に驚いた。思ってもみなかったから。
自分の気持ちに気付いて、両思いになってから
親友だった蒼衣が別人みたいに感じる時がある。多分蒼衣は何も変わってはいないのだと思う。変わったのは、俺だ。
今まで見えていなかったものが見えるようになっただけ。
「好きなやつ」のフィルターを通して、改めて見る蒼衣に、一昨日よりも昨日よりも、毎日新しい「愛しい」が貯まっていく。
キスしてても、最近は本当にやばい。
深く口づけると白い肌が上気したように赤く染まる。視点の定まらない目でとろんと見つめられると、このまま自分のものにしたい、深いところまで暴きたいという獣じみた欲望が湧き上がる。
「このまま抱いてしまおうか」
そう考えていると決まって蒼衣の身体が強張る。微かに震えている手先を見て、はっと我に返るのだ。
初めてだもんな。怖いに決まってる。
大事にしたい、全部知りたい。
2つの願いにぐらぐらと揺れながらも、何とか理性を保ってきた。
でも、もう無理だ。
だって可愛過ぎるんだもん。
こないだだって。
2人で少し遠くのショッピングモールに買い物に電車で出かけた帰り。
電車のガタンゴトンという音と微かな揺れが心地良い午後。隣の席に座った蒼衣が俺の肩にもたれて居眠りしていた。
春の柔らかな日差しが蒼衣の色素の薄い髪を照らす。より一層茶色くキラキラ光っている。
覗きこむようにしてしばらく安らかな寝顔に見とれていると、蒼衣がいきなりふにゃっと笑った。
「…紺。俺も好き。」
小さな小さな、囁くような声音でつぶやいた。
すごく幸せそうな顔して。
うおー、かわいいー‼︎
って叫び出さなかった俺を褒めて欲しい。
心の中で地団駄を踏みながら、ふと視線を感じて顔を上げた。
向かいの席に座っていた女子高生2人がこっちを見てた。
クスクス笑いながら。
「あの人可愛いくない?」
「寝顔かわいー」
「笑った顔もかわいいっ」
ひそひそ話だったけどばっちり聞こえたぞ。
その隣のスーツ姿の若い男も蒼衣の事、見てないか?
分かる。分かるよ、だって可愛いもん。
何だか急に焦ってしまう。
俺のだから見るんじゃねー、とか。
子供みたいな事を考えてしまう。これが嫉妬ってやつ?
蒼衣への恋心に気付いてからままならないことばっかだ。
独り占めしたい。
全部知りたい。
俺だけ見ていて欲しい。
家に帰って部屋で一人焦れる気持ちを持て余しながら、ベッドにゴロゴロ転がっていると、
急にノックの音がした。
「紺、ちょっといい?」
「何?」
いそいそと母さんが封筒を手にして入ってきた。
「はい、これ。」
差し出された封筒を開けてみると、俺でも知っている高級温泉旅館の招待券が入っていた。
「商店街のくじ引きで当たったんだけど、紺にあげる。卒業旅行に良いかと思って。蒼衣誘って行って来たら?」
招待券をよく見てみると、「ペア」と書いてある。「個室露天風呂付き」とも。
「母さん‼︎ありがとう‼︎」
思わずガバッと母さんを抱きしめる。
ふふふ、と笑って俺の頭をぽんぽんと撫でながら、
「楽しんでおいでね。蒼衣と離れちゃう前に思い出作りしといで。」
優しい声で言う。
あ、やば。
なんだろ、なんか泣きそう。
今1番欲しいものを貰った喜びと、なるべく考え無いようにしていた蒼衣と離れること。
ふいに込み上げて来たものを断ち切るように、顔を上げる。
「母さん、ほんとにありがとう。すっげー嬉しい。」
そんなに喜んで貰えて良かった、とドアに向かう。
「あ、美名には言ってあるから蒼衣大丈夫だと思うけど。紺が言った方が喜ぶんじゃないかな、と思ってまだ蒼衣にはナイショにしてもらってるから。サプライズ!頑張って‼︎」
美名さんは蒼衣のお母さんだ。俺の母さんの親友でもある。
…あれ?もしかして母さん達。
俺と蒼衣の事、気づいてるとか無いよな?
いやいやいや、まさかな。
ぐるぐる考えてしまった俺を見て、またふふふ、と笑って部屋を出て行った。
いや、深く考えないようにしよう。うん。この際だ、楽しませてもらおう。
蒼衣と温泉旅行。
考えただけで口元が緩んでしまう。
蒼衣、喜んでくれるかな。
俺の大好きな、はにかむみたいな笑顔を見せてくれるといいな。
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