2 / 3

第2話(紺side)

ほんとにどうしてくれよう。可愛過ぎるのだ。最近出来た恋人が。 幼馴染で親友で。 ずっと、ずっと俺のことを好きでいてくれて。 卒業式のあとに告白されたときは本当に驚いた。思ってもみなかったから。 自分の気持ちに気付いて、両思いになってから 親友だった蒼衣が別人みたいに感じる時がある。多分蒼衣は何も変わってはいないのだと思う。変わったのは、俺だ。 今まで見えていなかったものが見えるようになっただけ。 「好きなやつ」のフィルターを通して、改めて見る蒼衣に、一昨日よりも昨日よりも、毎日新しい「愛しい」が貯まっていく。 キスしてても、最近は本当にやばい。 深く口づけると白い肌が上気したように赤く染まる。視点の定まらない目でとろんと見つめられると、このまま自分のものにしたい、深いところまで暴きたいという獣じみた欲望が湧き上がる。 「このまま抱いてしまおうか」 そう考えていると決まって蒼衣の身体が強張る。微かに震えている手先を見て、はっと我に返るのだ。 初めてだもんな。怖いに決まってる。 大事にしたい、全部知りたい。 2つの願いにぐらぐらと揺れながらも、何とか理性を保ってきた。 でも、もう無理だ。 だって可愛過ぎるんだもん。 こないだだって。 2人で少し遠くのショッピングモールに買い物に電車で出かけた帰り。 電車のガタンゴトンという音と微かな揺れが心地良い午後。隣の席に座った蒼衣が俺の肩にもたれて居眠りしていた。 春の柔らかな日差しが蒼衣の色素の薄い髪を照らす。より一層茶色くキラキラ光っている。 覗きこむようにしてしばらく安らかな寝顔に見とれていると、蒼衣がいきなりふにゃっと笑った。 「…紺。俺も好き。」 小さな小さな、囁くような声音でつぶやいた。 すごく幸せそうな顔して。 うおー、かわいいー‼︎ って叫び出さなかった俺を褒めて欲しい。 心の中で地団駄を踏みながら、ふと視線を感じて顔を上げた。 向かいの席に座っていた女子高生2人がこっちを見てた。 クスクス笑いながら。 「あの人可愛いくない?」 「寝顔かわいー」 「笑った顔もかわいいっ」 ひそひそ話だったけどばっちり聞こえたぞ。 その隣のスーツ姿の若い男も蒼衣の事、見てないか? 分かる。分かるよ、だって可愛いもん。 何だか急に焦ってしまう。 俺のだから見るんじゃねー、とか。 子供みたいな事を考えてしまう。これが嫉妬ってやつ? 蒼衣への恋心に気付いてからままならないことばっかだ。 独り占めしたい。 全部知りたい。 俺だけ見ていて欲しい。 家に帰って部屋で一人焦れる気持ちを持て余しながら、ベッドにゴロゴロ転がっていると、 急にノックの音がした。 「紺、ちょっといい?」 「何?」 いそいそと母さんが封筒を手にして入ってきた。 「はい、これ。」 差し出された封筒を開けてみると、俺でも知っている高級温泉旅館の招待券が入っていた。 「商店街のくじ引きで当たったんだけど、紺にあげる。卒業旅行に良いかと思って。蒼衣誘って行って来たら?」 招待券をよく見てみると、「ペア」と書いてある。「個室露天風呂付き」とも。 「母さん‼︎ありがとう‼︎」 思わずガバッと母さんを抱きしめる。 ふふふ、と笑って俺の頭をぽんぽんと撫でながら、 「楽しんでおいでね。蒼衣と離れちゃう前に思い出作りしといで。」 優しい声で言う。 あ、やば。 なんだろ、なんか泣きそう。 今1番欲しいものを貰った喜びと、なるべく考え無いようにしていた蒼衣と離れること。 ふいに込み上げて来たものを断ち切るように、顔を上げる。 「母さん、ほんとにありがとう。すっげー嬉しい。」 そんなに喜んで貰えて良かった、とドアに向かう。 「あ、美名には言ってあるから蒼衣大丈夫だと思うけど。紺が言った方が喜ぶんじゃないかな、と思ってまだ蒼衣にはナイショにしてもらってるから。サプライズ!頑張って‼︎」 美名さんは蒼衣のお母さんだ。俺の母さんの親友でもある。 …あれ?もしかして母さん達。 俺と蒼衣の事、気づいてるとか無いよな? いやいやいや、まさかな。 ぐるぐる考えてしまった俺を見て、またふふふ、と笑って部屋を出て行った。 いや、深く考えないようにしよう。うん。この際だ、楽しませてもらおう。 蒼衣と温泉旅行。 考えただけで口元が緩んでしまう。 蒼衣、喜んでくれるかな。 俺の大好きな、はにかむみたいな笑顔を見せてくれるといいな。

ともだちにシェアしよう!