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SABURO 大ピンチ その5
「お疲れ~今日はうまいことまわった感じ?売り上げもよかったし」
「そうなんですよね、お客さんもあまりお待たせしませんでしたよね」
「ドリンクの売上がいい。正明頑張ったな。やっぱり、思った通りだったよ」
理さんは売上伝票をざっと確認したあと言いました。思った通りとは何ぞや?です。
「ミネと飯塚でメニューを根本から見直したから利益率はあがってきていた。でももうひと押したりないと思っていたんだよ。やっぱり課題はサービス面だね」
「固定スタッフでまわしていかないと、売上増加には繋がらないって感じてる。ハルは良くやってくれてるけど、今経験を積んでいる段階だしね」
「正明は対応力があるよ、今日見て思った」
うわ、褒められた。気恥ずかしいけど嬉しいな。
「正明、今日出した指示の答えを説明するね。
まずドリンクに関して。料理に比べて利益を上げやすい。グラスに注ぐ短時間だけでお金に変わるだろ?
グラスが空になった時に「何かお持ちしましょうか?」と聞けば、じゃあ何か飲もうかなという気持ちになる。売り上げにつながるよね。
「もう結構です」と言われたら、そろそろ帰るという目安だ。デザートのオーダーがある、なしでだいたいの時間を予測できる。結果ウエィティングのお客さんにどれくらいの待ち時間になるか伝えることができるんだ。別の店に行こうか?というお客さんを留めておくことができるってわけ」
「『何かお持ちしましょうか』だけでそんなに色々……」
「そういうこと」
席にご案内して、オーダーをとり料理を運ぶ。空いた皿を下げる。僕がしていたのは作業であって、サービスじゃなかった。
「あと料理を取り分けるとね、皿があくからさげられる。ちょっとだけ料理が載った皿でも皿なわけ。テーブルにスペースがないと、追加をしないのが人の心理だよ。
グラスと一緒、何もなければ「何かお持ちしますか?」と言える。サービスとして取り分けるけど、こちら側の事情もあるんだ。
女性同士、男性同士は問題ないけど、カップルや合コンみたいな時は様子をみる。料理をとりわけて「気がきく自分」をアピールしたい人もいるからね。
そういうときは任せる。もし料理が少しだけ残っているようなら、サイズの小さい皿に盛りかえて、スペースをつくるんだ」
「サーバー使うのって難しいですか?」
「練習すれば誰でもできるよ。持っておいで」
サーバーを二組、急いで取りに行く。
「気が済むまでやってていいよ、片付けはこっちでするからさ」
「ありがとうございます!」
ミネさんは、こういうときホント優しい。それに対して 少しばかり誇らしげな飯塚さんはどうかと思う。俺の武本はデキル男だろ?なんて心の中でデレデレしてそう。面倒くさい!
「俺が教わったのはジャパニーズスタイル。ウエスタンのほうが簡単らしいけどね。というわけでジャパニーズスタイルを伝授するよ。
まず箸を持つように上をフォークで下がスプーン。箸みたいに持って?」
「はい、持ちました」
「じゃあ、中指を始点にして人差し指と親指で回転させて、フォークとスプーンが向かい合うようにする」
指がつりそうです!痛いし、これでサービスするっていうこと?
「具材を盛り込んでソースは下のスプーンですくえばいいし、箸をイメージすればいけると思うよ」
「い……けません。無理~」
理さんは僕がギクシャクした動きしかしない右手を眺めて面白そうに笑う。あのね、こっちは必死です!
「俺バイトの時さ、サーバーでマッチ20本を皿から皿に移動できるまでその日のタイムカード押してもらえなかったんだ」
「ええ!そんなブラックな勤め先、告発もんですよ!」
「でもそこに個人差がでる。バイト代を満額ほしい人間は家で練習するか早く入る。仕方がないなと目減りするバイト代を諦める人もいる。
そういうスパルタな所はタメになったけど、一番大事なことを教えてくれなかった」
「大事なこと?」
「そ、お客さんが笑顔で帰ること。今日は美味しいものを食べたって。
正明も思うだろ?ミネや飯塚の料理は旨い。でも彼らは客に直接皿を出せないんだ。お客様と厨房の間で橋渡しするのが正明だよ」
そういうことか。賄いにだって手間がかかっていて、それをありがたいと感謝する気持ちを持った。見ず知らずの誰かの為にベストを尽くすシェフがいる。その代弁者が僕だというのなら、動きや考え方すべてを見直さなくてはいけない。
「お前は賢い、そして人の心を受け止めることができる。
それをそのままお客様に出せばいい。オードブルの時ミネの作る物は旨い!って思っただろ?それを素直に伝えてあげればいい」
「僕ここにずっと居たいです」
「ミネが大喜びだろうな。俺も正明がホールにいたら安心できる」
必要とされるということ、それを初めて体感した僕は正直震えました。僕の能力や人間性を好きだと言ってくれている。必要だと言ってもらった。これが満足感なのか……知らなかった、こんなに心地いいってこと。
うわー!就活のヤル気が削がれていく!
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