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高村充のレポート

「上司を差し置いて、あの野郎ども……」  通りを一本挟んだ向かいのカフェからSABUROを覗き見している俺。いや、これは立派な観察だ!  必死に動いている姿に好感がもてるチビッコ。あれをどこで拾ってきたのかしらんが、飯塚も武本も立派に俺と同じく人材発掘に力を発揮しているらしい。チビッコには今時の若造に似つかわしくない真剣さがある。  武本の姿をチラチラ見て、実巳と飯塚の様子も伺い客を観察している。今は思惑がすべて行動と視線に露出しまくっているが、少し化ければ「サービス」に自分たちの都合を含ませて現場を回すようになるに違いない。チビッコは素質がある、合格だ。  今回アーパーなバイトが飛んだ原因がチビッコらしいが、振られて当然だ。何せこれだけ年上の男たちに可愛がられる毎日を送っているのだから、同年輩のお子様の相手なんぞする気もおきないだろう。   飯塚は甘い言葉なんか後輩に言いやしない。ただ黙ってさりげなくフォローをするだけ。 その不器用さと優しさに気が付く女がいなかった。そんなところだろう。男前っぷりを鼻にもひっかけず淡々と仕事をこなして人よりできる。  見た目最高、女子人気抜群。それなのに浮かべている表情は常に「つまらない」だった。飯塚がイイ顔をしだしたのは入社して3年目に入ってからだ。その目が生き生きしはじめ、心配に曇ったり怒りに燃えたり、アホいオーラを出したり。  とにかく人間らしくなった。それは他人に興味を持ったからで、相手が武本みたいな男だったから、そうなった。他じゃ無理だ。人間らしさと表情を身に着けた飯塚は最強。  笑えるじゃないか、なあ?武本。お前がそうやって魅力的にしちまった恋人に虫がたかるんだぞ?  悶えろ、苦しめ!バカな女に負けないとは思うが、互いにヘテロで過ごしてきた二人だ。つねに女が付き纏う人生になるだろうよ。そんなトラブルの種に取り組む二人を見るのも悪くない。いい酒のつまみになりそうだ。 「それにしても」  やはり呟いてしまう。カメリエーレ?ギャルソン?ウエイター?給仕?どれでもいい。 俺の目に映る武本は役者のようだ。インプロをやる役者のように自由。頭はフル回転、心を砕き、客の心理に自分をシンクロさせて舞台の上で存在感を放っている。  最初は嫁さんを連れてSABUROに行き、店内を眺めようと思った。でもやめた。実巳のもとに集まった男達をちゃんと見つめるためには一人がいいと思い直したからだ。これは俺の役目だから夫婦でのんびり見学というわけにはいかない。 向いのカフェぐらいの距離が丁度いい。 「今度は私も連れて行ってね、いってらっしゃい」  俺を送り出す嫁さんはそう言って微笑んだ。嫁さんの笑顔は出会ったころと変わらず俺を刺激する。結婚に後悔は微塵もないし嫁さんを裏切ったことはない。一応そこのあたりはキチンとしている。ヘタな遊びで失うわけにはいかない存在だから。  失うわけにいかない……かつて親友の俊己にもそう思った。だからこそ体の奥や自分の心が親友以上の何かを求めている事に猛烈に動揺した。  そしてそれが互いに同じだと気が付いてしまった時、俺達の選んだのは親友という間柄にしがみつくことだった。生まれるはずのない想いや衝動をギュウギュウと押しつぶし気が付かないフリをした。  俺と俊己の必死さは笑えるほどで、涙ぐましい努力で親友であることに拘った。(あえて泊まりにいき同じベッドで寝て「普通に朝を迎えるミッション」とか……笑えるだろ?)  そのお互いの努力は一つの結果を得た。惚れた腫れたはいつかは別離を生むだろうし、同性でそれをやる困難さよりもずっと確実なものに行き付いたのだ。   親友でいれば一生一緒にいられる。  早期発見の病気みたいなものだ。小さいうちに叩くからこそ撃退できる。熟して発酵するほどに変化した状態であったなら叩くことは無理だっただろう。  そうやってお互いに頑張って、よしこれからだという時になって俊己は逝ってしまった。  3人の夢は夢のまま消滅することもなく、成就することもない。  打ちひしがれてサラリーマンになった俺だったが、三郎は違った。三郎がお膳立てをした三人の夢は別の形になろうとしている。今、まさに。  なあ俊己、そう思わないか?あいつらに託しても俺達の夢は叶うと信じていいよな。

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