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再会
「久しぶりだな、充」
ああ、これは夢だな……夢の中だ。
死んでから一回もでてこなかったくせに何年振りだっていうんだ、まったく。俊己らしいといえば、らしいがな。
「いい感じになりそうじゃないか、店」
「ああ、ようやくな」
「お前……年取ったな。しぶくていいけど」
「そういうお前は21歳のまんまじゃねえか、不公平だぞ」
俊己はニヤリと笑って胡坐をかいた。ここは俺が学生時代に借りていたボロいアパートで、俊己はいつも床に胡坐をかいて俺はベッドにもたれる、これが定位置だった。
若い俊己を前に40を超えた俺が昔の住まいにいる。なんだか滑稽で笑える状況だ。
「別にこっちにくれば見た目なんかどうにでもなるしな。じじいの充の前で21歳のままだと可哀想だし」
「まだ、じじいじゃねえよ!」
「違うって。お前がここに来るころはじじいだって意味だよ。まだ当分はそっちでお役目があるってことかな。せいぜい頑張ってくれたまえ」
俺の寿命はまだ残っているらしい。夢にでてくるから不幸のお告げかと思っちまったじゃないか。
「店がピンチになったら、俺がちょちょっと誰かをそそのかして売上に貢献してやるよ」
「神頼みかよ」
「俺は神様じゃねっつうの」
俊己はカラカラと笑って後ろに手をつく。下から覗きこむように上目使いでよこす視線。
俺の中に何かを突き刺した、20年以上前と同じ俊己の瞳。
「あのさあ。心残りってほどでもなかったけど、どうなっていたのかなって思うことが時たまある。 充は幸せな結婚をして今の生活があるから、俺達の選択は間違いじゃなかった。正しい結論だったって……思う、でもさ」
「でも?」
「どっちかが開き直って、相手を押し倒していたら違った未来があっただろうか。
でもこれ俺が生きていたらが前提だから、未来はタラレバでしかないけどね」
そんなこと今更言うな、バカヤロウ。どうしようもない事を言うために化けてでてきたってのか、お前は。
「今日はお願いしちゃおうかなって、そんで来たわけ」
「なんだよ、お願いって」
「まだまだ先の話しだけど、俺待っているから……充を待ってる、こっちの世界で」
「なに言って……」
「現世を終えて次の世に足を踏み入れる時が来たら俺が迎えに来る。だから次は一緒になってくれよ。俺は充との未来ってのを次の世代で叶えたい」
何……バカなこと言って。
「死んだら終わりだって思うから必死に生きる。でもその次にも人生があって、きっとまた次もある。何回繰り返すかわからないけど……だから予約しにきた。
充の「次」は俺がもらう。死んだ人間からのプロポーズだぞ、レアすぎて冗談にもならないな」
「お前……何言って……バカか」
胸が熱くなって勝手に涙腺が活発に水を押し出す。
「いい年したオヤジが泣くなんて……格好悪すぎて冗談にもならないじゃないか!」
「お互い冗談にならないってことは、真面目だってこと」
「俊己……」
「充のこれからの人生、生きるのも死ぬのも楽しみになっただろ?」
「馬鹿野郎が……」
俊己は立ち上がると、俺の前にしゃがみ込んだ。頬を両手で包まれ唇が触れあう。
「プロポーズ成立、誓のキス」
「……」
「そうだな、俺の命日は来年からSABUROで酒盛りしてくれよ。俺もその中でニコニコしているからさ。 居るって証に、グラスいっこ置いておいてくれ。割るか床に落とすかするからさ。お前だけが俺の存在を感じればいい。
じゃあ、またな」
唖然として動けないままの俺を残し、玄関でスニーカーをひっかけ手を振る。そしてそのまま出ていった。
カチャリと締まるドア。
その先はわからない。朝起きたら覚えていたのはそこまでだった。自分の頬が濡れていたから、あの夢は本当だ。
『充のこれからの人生、生きるのも死ぬのも楽しみになっただろ?』
ああ、まったくだ。問題は嫁さんだな。この死後の世界限定のプロポーズは浮気になるのだろうか?そんなバカバカしい考えにいきついて思わず笑みがこぼれる。
楽しい人生になりそうだよ……頑張るからそっちから見ていてくれ。ちゃんと迎えに来てもらえるようないい男になって俊己を待とう。
ありがとう……俊己。
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