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つづき

「かんぱ~い」  めいめいが好きなアルコールを用意して飲み会が始まった。ミネも充さんも俊己さんのことは一言もいわないから、正明とトアは突然企画された飲み会だと勘違いしている。充さんの心情を考えて少しだけ寂しくなった俺の顔をさっきから衛がうかがうように見ている。  「あ・と・で」という俺の口パクでようやく納得したらしく、「絶対だぞ」という顔をしてみせた。表情だけでそのうち会話ができるんじゃないか?俺達。そんなことを思ったら気持ちが少し上向いた。結局のところ、落ち込むのも気分がよくなるのも衛絡み。それが一緒に居るってことだ。  テーブルの上には美味しい料理がのっている。ミネは結局アヒージョもペペロンチーノも作ってくれた。フォカッチャもポモドーロもある。 「いつも食べたいと涎をたらしていたのです!」  そうミネに甘えたおかげで、正明は念願のパニーニーを食べている。 「店の料理の味を知らないでお客様には勧められないよな」  そんなことを言いながら作ってやるミネも甘やかしだ。ちょっとヒネた正明もミネにかかれば、お利口さんの甘えんぼ。でもそんな正明もいいと思う。家族の中で浮いた存在だと考え、甘える事をしないで過ごしてきた正明にとってこの環境はとても居心地がいいのだろう。問題は彼氏ができた時だ。SABUROの面々全員が面接官になって相手の男を吟味するだろうから。  トアは充さんと何やら相談をしているようだ。文章が何とか、そんな単語が聞こえてくるから以前やらせると言っていたブログのことだろう。  最近トアの書いた風俗紹介文は読んでいないけれど、読んでもらって反応をもらうブログあたりがスタートとしてはいいのかも。風俗ネタよりずっとマシだ。 「オコエ君を指名した球団のファンになります!」そう言ってドラフトを楽しみにしている。札幌だからファイターズのファンになります!ではなく、ドラフト如何で球団を決めるあたりがトアらしい。このズレっぷりが上手く転んだら、驚くべきストーリーテラーになったり?  空になったジョッキを満たすために席を立つ。自分の飲み物は自分で面倒をみるシステム。 誰かのグラスが空だと気を使う必要がないのは楽でいい。そんなことを考えながらサーバーのレバーを奥側に倒して仕上げの泡を盛る。  テーブルに戻ろうとしたとき目の端に人影が映った。厨房の真ん中にあるコールドテーブルの島。そこに右手をついて立つ後姿。 「あれ?ミネまた何か正明にねだられた?まだ料理残ってるのに甘やかしすぎだって」  ゆっくり振り向いた相手はミネでもなんでもない、俺の知らない男……でも知っている。 少し長めの髪を掻きあげてフニャっと笑う20歳を超えたばかりの青年。 「残念だね、ミネじゃないんだわ。サトルなら俺が誰だかわかるだろ?」  ……俊己さん。俺は名前を飲み込んだ。

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