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octber 3.2015 邂逅

「充さん、今日は随分遅いですね」  時計はまもなく22:00を指すところで、ラストオーダー間近の時間。こんな遅くに一人で来るとは珍しい。今日は土曜日で奥さんとデートなら納得だが、その姿は横になかった。おまけに花を一輪もっているから何事かと思ってしまう。  一番隅のテーブルに座ると、紙袋から小さな包みをとりだした。何かの器だろうか、緩衝材のエアクッションにくるまれている。とにかくオーダーをとろうとテーブルに近寄ってメニューを渡す。 「とりあえずビールもらおうかな。それとこれ洗ってくれるか?」  差し出されたのはグラスだった。深いブルーのコロっとしたフォルムは持ちやすそうだし、薄く仕上げられているから口当たりが良さそう。何処で買ったのか後で聞かなくちゃ。  ビールを正明に頼んで、グラスを洗いクロスで拭きあげる。持って行こうとしたらミネに肩を叩かれた。 「これもお願い」  渡されたのは水の入った一輪挿し。どういうこと? 「今日はおじさんの命日なんだ」  俊己さんの……命日。 「オヤジ達がいた頃はうちに来てたんだよね。何話すわけでもなく朝までずっとさ。でも日本でちゃったから。その次の年から店に来てラストオーダー間際から後片付け終わって俺が出るまで座ってるの。 好きだった花を一輪だけ花瓶に挿して、それと一緒に酒を飲む。 昨日電話があってさ、すこしワイワイした命日もいいだろうから0:00ぐらいまで付き合ってくれないかって。強制じゃないから、用事ある人は帰って構わないよ。俺は残るけど」 「俺も残るよ」 「ミネさん、ラストオーダーなしです」 「ハル、今日居残り飲み会を店で開催するのよ。お前どうする?」 「そんなの決まってます!居残ります!」 「ミネさん、僕も熱烈大歓迎です!」 「んじゃ、トアとハルはさくさく後片付けよろしくだ」 「わかりました!」  二人はお客様がいるうちにできる作業にさっそく取り掛かった。 「ただの飲み会?」 「ん、まあね。しめっぽいのもなんでしょ?それに充おじさんしか逢った事ないわけよ。 俺だって写真でしか知らないしさ。命日でしみじみしよう!っても無理なわけ。それなら店の驕りで軽く飲もうぜ~なほうが面倒なこと考えなくていいし」 「そっか」 「サトル、何食べたい?ラストオーダー終わったし、つまみと晩飯系適当につくるし」 「やった~!えっとね、アヒージョとペペロンチーノ!」 「それどっちもアーリオオーリオな感じなんだけど?」 「それもそうか。じゃあポモドーロとフォカッチャ!」 「了解、んじゃそれ、おじさんのとこに持って行ってくれる?」 「わかった」  洗ったグラスと花を挿していない一輪挿しを持って、充さんのテーブルに。両方をテーブルに置くと、充さんは花をくるんでいたセロファンを剥がして花を挿した。 「これはなんていう花ですか?」 「武本、知らないの?」 「ええ、花はあげたことも貰ったこともないから知りません。花屋とは無縁の人生です」 「カラーだよ」 「カラーですか。へえ。これ茎にペロっと巻きついたみたいですね。花っぽいですけど、花じゃないですよ。変わってますね」  充さんはニヤリと楽しそうに笑みを浮かべた。別段楽しいことを言った覚えはない。だってこれ、花びらがない。色は綺麗だし、スっとしている姿はなかなか優美だけど。 「俊己が好きな花でさ。「花びらないくせに花だぞって堂々としてる、おまけに凛としているだろ」そう言ってたんだ。だから年に一度この花を買う。この花だけはカミさんにもプレゼントしたことがない。俺にとってこの花は俊己の花だっていう気がしてな」  頬杖を突きながら花を見詰める目はとても優しかった。浮かべる笑顔もやわらかい。この人をこんな顔にさせることができる俊己さんは、とても大事な存在だったのだろう。20代の頃からずっと変わらず、充さんの心の中で生き続けている。  それはとても素敵に思えたが、同じくらいとても怖いと思う。衛と離れ離れになっても、自分はこんな顔をして相手を想い続けられるだろうか。そんな問いかけが自分の中に生まれてしまったからだ。  喪失と恐怖は同じ場所にある……そんな気がした。 →つづく

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