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つづき
「武本なにやってる?まさかバケツにビールついでる……え?」
充さんは泣いている俺に相当驚いたらしく、目を見開いて固まった。だめです!それじゃ!
俺は迷わず充さんに抱きついた。
「はやく!はやく抱きしめて」
「ちょっ!武本どうした!!」
「俊己さんが来ました」
「俊己?」
充さんが俊己と言ったとたんに、また涙がどっと溢れ出てくる。
「俺の身体を借りて泣いてる。泣いているのは俺じゃなく俊己さんです。
俊己さんが充さんを想って涙を流している。だから今のうちです。抱きしめてあげてください。俊己さんを抱き締めて!」
充さんがおずおずと腕をまわしたあと、意を決したように力をこめた。
ズキン……いたい。胸が痛い。
「俊己……いるのか?」
目が痛くなるくらいの涙。勝手に腕が動いて充さんの背中にまわる。フワっと沸きあがる安堵と歓びが全身を貫いた。届いた?俊己さん、届いている?
<ありがと>
しっかり聞こえた。いいですよ、好きに使ってくれればいい。
「充、嘘言っただろ。蓋なんてできなかったくせに。俺もお前も」
俺の口をついてでた言葉は俊己さんの想いだ。俺は全てを俊己さんに委ねた。フワフワしているような抜け殻のような感覚に包まれる。
「わかってる……わかってる俊己。わかって……る」
「わがまま言っていいか?」
「……ああ」
「いささか待ちくたびれちゃった。だからもっと毎日俺のこと思い出せ。そしたら俺、充に逢えるの。わかる?もっと、もっと思い出して。それくらいしてくれてもいいだろ」
「……わかった」
「口にだして俊己って日に何回も言え。それは俺に届くから」
「俊己……俺は……」
充さんに伸ばされていた俺の腕がふっとほどけた。一歩下がって充さんの胸の中から抜け出す。
「それは、ちゃんと俺と逢えた時に聞く。サトルに向かって言うな、もったいない。
じゃあな」
「俊己!」
そのあと俺はヘナヘナと床に座り込んでしまい、充さんに引っ張り上げられた。あんなに止まらなかった涙はピタリと止まったから、俊己さんは行ってしまったのだろう。
「届きましたかね」
「わからない、俺は俊己を抱きしめたことがない。武本だって今日初めてだ。どっちがどっちかなんて区別がつかない」
「違いますよ。俺を通して充さんの温かさが俊己さんに届いたかなってことです」
「……どうだろうな」
夢で逢える方法は好きな花と好きな色。それを俊己さんは言わなかった。だから俺が言う必要はない。 たぶんまだ、それを告げる時期ではないのだろう。
「お互い目が真っ赤ですね、なんて言い訳しましょうか」
「こそこそ飲んで酔ったことにする以外ないだろう。俺達二人で抱き合って泣いていたなんて知られたら、飯塚に殺される。あっちのテーブルからは柱の陰になっていてラッキーだった」
ミネにギュウギュウされたとき、包丁を持った衛を知っているだけに冗談にならない。
「俊己さん、いい人でした。励ましてもらったし、ミネに似ていました。初めて逢った気がしないくらい。俺は「スパンキング王」に任命されましたよ」
「なんだそりゃ」
「ミネのケツをビシビシ叩けってことみたいです」
「間違いない、武本が逢ったのは間違いなく俊己だよ。ありがとうな。お前のおかげで俊己を
近くに感じられた。あいつはちゃんと存在している、それは俺にとってとても大事なことだ」
「わかります。戻りますか」
「ああ」
俊己さん、来年も逢えますか?俺、待っていますから。困ったときに貴方を思い浮かべれば前に進める、そんな気がしています。
家に帰ったら話をします。
俺が逢った俊己さんのことを。そして未来は死んでもなお続いていくことを。時も代もすべてを越えても、衛と一緒にいたいと願っていることを。
だから俺達は大丈夫だって教えてあげます。衛、俺も、お前も……ずっと大丈夫なんだ。相手を想う気持ちをしっかり抱きしめて一緒にいよう……そう伝えます。
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