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つづき
チーズと生ハムが本日のつまみ。仕事あがりの一杯はかかせない(一杯、一缶、一本で終わらないけど)
ソファに寄りかかっていた俺の向かい側に衛は座った。テーブルを挟んで向かい合う時はお話タイム」が始まります、の合図。
普段は横並びでソファに座ってテレビをぼんやり眺めて酒を飲む。当然話もするけど、他愛のないことや今日あった出来事(面白い客がきてさ~みたいなね)が会話の中心だ。
「それで、俺が変ったって、何が?」
「さっき久しぶりにサラリーマン的会話をしただろ?そういえば衛はドライな思考と行動だったなって。
でも今はそんな感じで仕事してない。だから変わったなって」
衛は少し俺から視線をはずして何事か考えたあと、グラスの中身を一口含んだ。喉仏がゆっくり上下する。俺はこれを見るのが好きだ。自分にも同じものがあるのに、衛のはドキっとする。
「たぶん物事が単純になったからだと思う」
「単純?」
「会社にいたときは決まった数字があって、それを達成するために動く。これだけ聞けば単純だ。でも社内の人間関係やクライアントとの関わりが絡み合っている。足をひっぱろうとする人間もいるし、やたらと近寄ってくるタイプもいる。上司にしても高村さんみたいな人ばかりじゃないし、1課と2課のくだらない鍔迫り合いも影響してくる。単純に数字をあげる以外の「仕事」が実は業務の大部分を占めていた」
「そうなんだよね、結局仕事って対人関係の積み重ねだ。仕事としての営業と同じくらい社内にも営業をしなくては自分の仕事に影響してくる。
心を砕いて、心を削って、頭をひねる。だからたいして体を動かしていないのに疲れてしまう」
「でも今はそれがない。覚える事も多いし拘束時間も長い。でも目的が単純だ。
来てくれたお客様が満足して、また来てくれるように頑張る。俺の役目は料理で満足度をあげる、理はサービスだ。すべてが一本につながっていて、役割以外の些末なことがない。
村崎のことを信頼しているし、北川やトアだって信用できる。絶対手を抜いたりしないと思えるから頑張れる。たぶん全員がそう考えているからかな、素直に考えを言ったり聞いたりできるようになった」
すべてが繋がっている。そんな話をミネとしたばかりなだけに、衛の言葉が嬉しかった。
「それと俺達の関係かな」
「関係?」
俺の空になったグラスにワインを注いだあと、自分のグラスにも注ぎ足した。足のついたワイングラスは使わない。普通のグラスにドボドボ注いでドンドン飲むのが俺達のスタイルだ。ワイングラスを揺ら揺らさせて香りを楽しんだり「湿った藁の上を寝転ぶ少年のような」なんていうわけのわからない味の表現もしない。
そんなどうでもいいことを考えたのは衛は何か言おうとしているから。たぶんちょっと照れることを言うはずだ。聞いている時も恥ずかしいけど、それを待ち構えているのも結構恥ずかしい。
「理が俺の前から居なくなる、そう考えなくなった」
「え?」
「いつも傍にいるからかな。俺が本を読み、理がテレビを見ている。二人とも別々のことをしていてもその姿を見ていられる。同じ場所にいて、互いが存在していることが当たり前になった。
最初は理がベッドを抜け出してベランダにいたりするとドキっとしたけど、今は隣が空っぽだったらベランダに行けばいい、そう思える。
そういう何でもないことの積み重ねがあるから、もう心配しなくてよくなった」
やっぱり恥ずかしいことを言いやがった。こういう時は格段に男前度があがるから性質が悪い。俺の心臓を破壊しようと攻撃してくる。
「そ、そうか」
「そうだよ。だから俺は毎日嬉しい」
「そんな顔すんなよ」
「どんな顔だよ」
俺は本格的に恥ずかしくなって俯いた。どんな顔って……とびきり優しくて穏やかな笑顔。幸せだって、愛してるって……言ってる顔。
「理、こっちに来。」
断れるはずがない。ノロノロ立ち上がって衛の前に立った俺を見上げて微笑む。
この顔だって、好きな顔だ。好きなヤツの顔なんだから好きに決まってる。どんな表情だって、俺を見ているし、見つめ返すのは当たり前だ。プイっなんて一生できそうにない。
衛はテーブルの上に座った。おいおい、それは行儀が悪いでしょう。そのまま腕が回ってきて抱きしめられた。衛の顔が俺のお腹のあたりに触れている。
「手を伸ばせばすぐそこにある、嬉しい」
「……うん」
頬ずりするように俺に触れている衛の頭を腕で抱え込む。ふわっと俺と同じシャンプー香り。
「俺も……嬉しい」
衛は俺に腕をまわしたまま立ち上がった。下から腕の輪が昇ってくるみたいな感触は全身が包まれたような安心感がある。
「欲しい」
「ワインまだ途中だぞ」
「空気に触れて美味しくなる。その時間を無駄にしない唯一の方法だと思わないか?」
「強引な論法だな」
「何とでも言えばいい。欲しい気持ちはどうしようもない」
ヘタレなくせに、どうしてこういう恥ずかしいことを平気で言えるのか!衛の熱がどんどん移ってきて、俺の体温もあがってきた。欲しいのはお互い様だ。
「……わかったよ、善は急げだ」
「善なんだ、これからすること」
「そうだよ。お互いが必要だって言葉じゃ足りないから確かめるのは善いことだ。
それともワイン飲む?」
衛は頬にキスをしながら言った。
「二人で美味しくなるのを待つ。ワインはあと」
俺達は互いに正直でまっすぐだと思う。そしてそれはとっても大事なことだし、無くしてはいけないものだ。
二人でいることは、とっても嬉しい。嬉しいがずっと続きますように、そう願って衛の手を握った。
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