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つづき

「それで二人の時間が減ってもしょうがないというか、そういう時期なんだと思う。この年齢の時に会社の中心に居ないで定時で帰るような人生でいたくない。そんな男と付き合うのはもっと嫌。 だから時間が空いたらちょっとご飯を外で食べるとか、家で一緒に料理するとか、そういう些細なことで充分楽しかったり嬉しかったりするのよ。朝起きたときの「おはよう」が大事だったりね。実巳君は自分に合った相手に巡り合っていないのかな?」 「なんだか羨ましいな。結婚はしないの?」 「う~~ん。それはね何度か話し合った。一緒に住んでいるから紙一枚の事じゃないかって言う人も沢山いるし、現に両親にもせっつかれる。でもね、結婚って形をとっちゃったら「継続」させることが義務になっちゃうような気がするのよ。私達は一緒にいたいと気持ちが一致しているから一緒にいる。結婚って形をとってしまったら、二人の関係が違ったものに変わってしまいそうで怖い。 それに仕事を頑張っている今、環境を変えたくない。これは二人の至った現在の結論。 今後変わるかもしれないし、時期がきたら変化していけばいい。 だから結婚は今じゃないかな」  俺は恋愛に関して誰かの意見を真面目に聞いたことがない、そのことに気が付いた。鉄仮面やサトルに聞くのは、お互い気恥ずかしい。たまに逢う友達に「最近どうよ?」なんて聞いて返ってくるノロケなのか自慢なのか愚痴なのかわからん話に相槌を打っていただけだ。ちゃんと自分達の関係に納得していて説明できる人に初めて逢った。 「実巳君、お願いがあるんだけど?」  考えこんでいたので、一瞬返事が遅れちゃった。 「はい?」 「パニーニ2つ持ち帰りたいの」  すずさんはニッコリ笑って、手を合わせてお願いのポーズ。そんなことしなくても作ります、あなたの為なら何でもしちゃう、そんな気分だ。 「2つでいい?」 「うん」 「飯塚~パニーニ2つヨロシク!」  俺はもう一杯生ビールをジョッキに注いでカウンターに置いた。 「ん?」 「俺の奢り。すっげ~いい話聞かせてもらってモヤモヤが消えた感じがしてるの、今」 「ありがとう!こんなに気がきくのに振られ男って世の女子は見る目ないわね」 「んじゃあ、すずさんのコピー人形俺にくださいよ。心から愛しちゃう」 「またまた~!大人をからかうな」  そっか。すずさんや俺みたいに、いや俺以上に頑張っている人だったら、俺を理解して一緒にいてくれるのかもしれない。飯塚とサトルだってサラリーマンやめて別の道を選択した。 そこに至るまで、何もなかったわけじゃないだろうし、これからだって安全な道かどうかわからない。でも二人でいることを選んだ。  俺は自分がどれだけこの店が大事なのか、この店がどうやって出来たのか、沢山の人の想いが形になった場所だってこと、ちゃんと伝えていなかった。だから俺が仕事を優先するのか相手は理解できずに不満や寂しさだけが積み重なっていったのだろう。  単純なことだ、そりゃ振られるに決まっている。俺は相手を尊重していなかったし理解していなかった。理解してほしいと頑張ることもしなかった。なるほどね~目からウロコですよ、マジで。 「パニーニあがったぞ」 「ん、あんがとさん」  包みをすずさんに渡す。それを合図にジョッキを一気に空にしてすずさんが立ち上がった。カウンターの上には代金がすでに置かれている。無駄がないですねえ。 「じゃあ、帰るかな。ビールとパニーニありがとう。実巳君、何事も無駄な経験はないのよ。これまで不本意な形に終わった恋愛には共通点があるはず。だからきっと、実巳君にぴったりな相手のことはすぐわかるわよ。今までと全然違う女性だろうから」  そう言い残して手を振って出口に向かうすずさんに、心の中で手を振った。やっぱり格好いい女性は、中身も素敵だ。  仕事も恋愛も一皮むけた俺になった気分。俺にとっての今はSABUROだ。もうすぐサトルも完全に仲間になるし、俺の居場所はここだ。振った振られた惚れた腫れたより仕事を頑張れってことだろうな。  そして恋に頑張る時期がきたら、今度はちゃんと相手に伝えよう。「SABUROが俺にとってどんな場所かってことをね。

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