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「おはよう」  当然返事は返ってこない。でも挨拶は人間関係の基本だ。自分も社会に属している以上、一日の最初を労わっても誰も文句は言わないだろう。たとえそれが独り言だったとしても。  朝8:00。仕事で外に出かけなくてはいけない時以外私の起きる時間は決まっている。サラリーマンがギュウギュウの電車に揺られている頃に、ゆったり起きるのはとても贅沢。それもこれも自分で今の生活を勝ち取ったご褒美なのだから、受け取って当然だ。  ダンボールに入っている2Lのペットボトルをキッチンから移動させてラッパ飲みをする。 ゴクゴクと喉を流れていく麦茶は体の細胞にいっきに沁みこむような気がして実に気分がいい。麦茶のパックを買って自分でつくればいいのだろうが、私はそれをしない。何故か?答えは単純、面倒だから。  毎日1本以上減る麦茶を買いに行くことすらしない。あんな重いものを持って家まで歩くのはごめんだ。便利な世の中だから、ネットの定期購入に申し込んで勝手に届く麦茶をゴクゴク飲むのがいい。  何故麦茶かって?カフェインがはいっていないしミネラルが他のお茶より含まれているから。人間健康に気を使っている事が一つくらい必要だ。特に私の仕事において「こだわり」の一つもないとつまらない人間だと思われてしまう。  私の「こだわり」はカフェンフリーの生活。特に何か思う所があってこれを選んだわけではない。「カフェインフリーを実践しています」これだけでちょっとした「こだわり」が獲得できる。コーヒーが恋しいと最近は思わなくなった。  ペットボトル片手にPCを立ち上げる。この小さいマシンが私の生活を支えているのは不思議な気がする。この箱が無限に広がり様々な人と繋がっていることを時に忘れがちだが、これを構築した人間の欲深さには驚きしかない。そして今やこのシステム無しに世界は動かないのだから、自分の世界を広げているのか首を絞めているのか考えている人はいるだろうか?  私にとってはどうでもいい。それを考える役目にはないから。  受信ボックスをチェックする。最初に始めた時はすべて自分で情報集めをし、話を聞き、了承を得てブログにUPしていた。その作業はまだしているが、随分機会は減った。自薦、推薦、売り込み、口コミ、そういった形でどんどん情報が来るから、私の役割はふるい分けと実物の確認という動きにスライドしてしまった。  東京には星の数ほど人がいて、星の数ほど店がある。次々生まれ、どんどんなくなり、延々にそれが繰り返される。つまりこのサイクルがある限り、私は喰いっぱぐれないということだ。  手帳にあるスケジュールを確認して、メールと照らし合わせ今日の動きを組み立てた。これが朝にする大事な仕事で、誰かに任せる気はない。自分の管理は自分でする。誰かにああしろ、こうしろ言われて一日をすごすなんて考えただけでウンザリだ。  歯を磨いて顔を洗う。鏡から見返してくる顔とのつきあいは35年。若いのか若くないのか中途半端な立ち位置にいるような気がするものの、年齢ばかりは自分ではどうにもできない。  太めの眉と大きな目。でもかわいい目ではない。意志の強さの証だな、なんて言われ続けてきたこの目のおかげで随分助けられた。意志を宿して相手をひたと見つめれば、私の真剣さが容易に相手に伝わるから。  鼻の先がもうすこし尖っていたら、もっとスマートな印象になったと残念に思っている。先が少し丸いから、上に存在する目に比べて間抜けな感じがする。  そして唇。ここからでてくる言葉は皮肉しかないだろう、そう相手に思わせてしまうへの字口。思春期の頃は口角をあげようと必死にマッサージしたり引っ張り上げたりしたものの変わるわけもなく、私の顔の上に居座っている。  そうはいっても悪いことだけではない。楽しいことを見つけて目が笑った時、口元が緩む。その笑顔は相手を面食らわせるのだ。笑うことのない人間が笑うと効果が絶大。結構笑うし、表情だってくるくる変わる。ただそのデフォな表情と変化した表情のギャップが人を惹きつけるってこと。  おおむね満足。それにそこそこモテるし問題なし、不満なし。

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