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 なんだろう、この雰囲気。街の中に妙にマッチしている。いや違う、ここにあることが当たり前、そんなことを店に言われているような気がするのは何故だろう。  『SABURO』の前に立った私は、一瞬店に入ることを躊躇してしまった。ひどく自分には不釣り合いな感じがしたのだ。この店に自分が「相応しくない」そう言われているような違和感。いちいち店にケチをつけられているような感覚は初めてのことだ。  こんなことを考えながら店に入ったことなど一度もないというのに、どうにも気後れするような居心地の悪さ。いったいこれはどうしたことだろう。  北川さんは躊躇なくドアをあけ中に入ってしまう。あれほどテンションが上がっていたというのに、今の自分の心情はイケメンを前に盛り上がるアレとはまったく違うものだ。 「いらっしゃいませ!あ~父さん、いらっしゃい」  第一声の柔らかい雰囲気から一変、つまらなそうに北川さんに声をかけたのは本物の正明君。写真では何度も拝見したことのあるキュートさ全開の正明君は画像より格段に素敵。北川さんが自分の携帯に写真を仕込んでいるので、それを見せてもらうのが私の楽しみの一つだった。 「こちらへ、高村さんはもうおみえです」  促されるまま、進む先には立ち上がって私達を迎える高村さんがいた。 「よう、西山。元気にしてたか?磯川さんが宜しくってさ」 「はい、おかげ様で!今日はありがとうございます」  まだディナータイムが始まったばかりの早い時間のためか、他にお客さんはいなかった。あの面白味も生活感もない自分の部屋と比べて、ここには何か「生気」がある。アットホームとも違う、でも惹かれてしまう何か。私が感じた違和感の正体はこれ? 「実巳~ビール3つ、あと適当に何品かだしてくれるか?」 「りょ~~かい。ハル、ビールよろしく~」  ヒラヒラと高村さんに手を振っている笑顔のシェフの名前は実巳というらしい。なんといえばいいのか、ここに居ることが当たり前で、とても真剣で嬉しそう。彼のリラックスしている立ち姿を見て自然に流れ込んできた言葉を飲み込む。「ソフトで柔らかい」一見そのふにゃっとした雰囲気が彼のすべてに思えてしまいそうになるけれど、あれがすべてではない。きっと真面目に仕事に取り組んでいる。だてに何百という店を回ったわけじゃない。 「おまたせしました」  正明君がビールをコースターの上に置く。 「僕のおすすめを独断で選んじゃいました。米ナスとトマトソースにモッツァレラ!抜群の組み合わせなので、食べてみてください。お客様は何か苦手なものがありますか?仰ってくださればシェフに伝えますから」 「……いえ、特には。たぶん何でもいけます」  ニッコリの笑顔が、サービスとはいえ本気の気持ちが伝わってくる。友達の家に行って「苦手なモンある?嫌いなもの言ってくれればそれ避けたメニューにするから」と言ってくれたこを思い出した。  そんな風に友達の家に行くことも最近メッキリ少なくなっている。外での外食、打ち合わせを兼ねた食事会、飲み会、パーティー。最初そんな事が嬉しかったのに、今はそれを何とも思わなくなっている。そもそも私は東京に本当の友達がいるのだろうか?そんなことに気が付いてしまった。  だからなのか正明君の一言が嬉しい。ああそうか……最近私は嬉しいことをしてないんだ。

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