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「あれはトア、磯川の大ファン」  背の高い眼鏡男子、頭が小さいからとてもスラッとして見える。穏やかそうでゆったりとフロアを動いているから目で追ってしまった。視線を感じたのか振り向かれて目が合う。一瞬戸惑ったあと、ニッコリの笑顔。楽しんでくださいね、そう言われたような微笑み。彼はテーブルの上に視線を滑らせると、レジ脇に移動して何やら持ってこっちに来た。 「お飲み物のメニューここに置いておきます」  4人掛けの誰も座っていないランチョンマットを下げてそこにメニューを置いて、ふわっと居なくなる。グラスを見れば、高村さんのビールはほぼ空。うわ、これ私の役目でしょと落ち込んだ。女だからではなく一番下っ端のくせに気が利かないのは最低だ。 「武本~ビール3つ」  高村さんは「何飲みますか?なんて聞く気はないらしい」私は何でも飲めるし酒は強いほうだ。たぶん北川さんとも懇意の仲だから好みを知っているのだろう。  ビールを運んできたこの男性。柔らかい、しなやか、なんだろう、ヤサ男という感じがするのに骨がありまくりな雰囲気。さりげなく私を目踏みするその視線を受け止める。ビールを置くためにその視線が離れてしまって残念。清潔感と柔軟さがもたらす安心感。彼のファンは沢山いるに違いない。グラスをさげると思いきや、彼は言った。 「充さん、仕事の話ですか?書類をひろげるなら料理遅らせますけど」 「いやいや、口頭ですむ話だ。ハリウッド作戦の前哨戦みたいなもんだから」 「まもなく3皿ほどお持ちしますので、もう少々お待ちください」  軽く頭をさげてグラスをのせたトレンチを優雅に持って背中を向ける。彼は仕事ができる男だ。そして充さんと呼ばせているあたり、高村さんの相当お気に入りだろう。 「あれ、俺の元部下。営業部のホープだったけど、一抜けさせた。昨日送別会だったんだ」 「は?」 「なんだ、その間抜けな返事は。ついでにもう一人厨房にいるだろ、あれも俺の元部下、同じく営業部のホープ」 「はぁぁ?」  思いのほか私の間抜けな声が店内に響いて、こっちを見た元部下シェフとがっちり目があった。うわっ!うわっ!でました正統派男前!男前の白衣!すっかりナリをひそめていた心臓がドクドク動き出した。 「営業部のホープが何故ここで?おまけに自分の部下のホープを二人も払下げにしちゃったってこと?どういう意味ですか?」 「どういう意味もこういう意味もない。それにな、言葉でメシ食ってんだろ?払下げとかそれはないだろうが。ちゃんと裏とってから口にしないと」  ……ぐっ。痛い所をつかれた。私の短所が今まんまと姿を現してしまった。自分の主観で判断してしまい、それを口に出す前に考えることをしない所がある。高村さんのこういう所、手厳しいけれど有難いと思う。この歳でフリーをやっていると怒られることがないから。 「二人とも組織の歯車で自分の能力を使うより、ここを選らんだってこと。ここのスタッフの意志と団結力は固い。誰も手を抜かないし、来てくれた客に心を砕く。自分のできる精一杯をつねに出そうとしている。 だからここの店にくると客は笑って帰るわけだ。混んでいてもイライラすることなく待っていてくれる。 ついでにいい顔の男がバリエーション豊かに揃っているから眼福というおまけもある」  続々と入り始めたお客さんの姿を眺めながら高村さんの言う事を聞いていた。ここにくれば味わえる非日常。素敵な男性がサービスしてくれて、自分のために心をこめて料理をしてくれる。それはまさに至福の時であり、来てよかったに繋がるのだろう。

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