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 帰る前にどうしても行きたくなって、私は再び「SABURO」に来てしまった。  期待通りのランチの美味しさに調子に乗ってしまい、ワインを一本あけてしまったから、気分が最高にいい。  昨晩はけっこう遅くまで飲んでいて、ホテルの部屋に帰ったのは2:00を回っていた。それでもいつもどおりの8:00に目が覚め麦茶を買いにコンビニに行こうとホテルをでたのに、私はいつもと違うことをした。  カフェにいき、たっぷりのコーヒーとクロワッサンサンドのモーニングセットを注文したのだ。意味のないカフェインレス気取りが何だかバカバカしく思えたから。  久しぶりのコーヒーはとても美味しくガツンと脳に響いて目が一気に覚めた。そして色々なものから覚めた。  自分を守るために、虚像を飾るために体にぶら下げている物が鬱陶しく感じたから辞めようと心に決め、朝食をとりながら麦茶の定期購入をキャンセルするとスッキリ。  必要だったから身につけていた虚栄、それを振りほどく必要に気が付いたのなら一皮むけるのは今だと思えたことは自分にとって大きい。  それもこれも、高村さんと北川さんのおかげ。そして元上司の石田さん。石田さんは昔のことを一切言わず、最近の自分の仕事のことや札幌の動きを面白おかしく聞かせてくれた。私のブログは欠かさず読んでいると言ってくれて嬉しかった。昔私がした不義理に触れることなく応援してくれていると感じられるのはとても特別なことだ。  東京にそんな存在はいない、本当の友達だっていないことに昨日気がついたのだから。「知り合い」ばかりが増えていくのに、どんどん一人になっていく。その現実を実感しただけでも大きな収穫。  石田さんは最後に言った。 「何年かしたら自分の会社をつくるつもりだ。西山の席は作ってやるから、気が済むまで東京で頑張ればいい。いざとなったら帰る場所があると思えば冒険もできるだろう。 保険ぐらいは俺がつくってやるさ」  照れくさそうに言って背を向けた石田さんに私は頭を下げた。見えなくなるまで。言う事を聞かなかった昔の自分の分も。  酔い覚ましのコーヒーをトアさんが持ってきてくれた。この店をUPしなくてはいけない、高村さんが「強要」と言ったぐらいだ。さてどうしたものか。 「あの……」  置かれたコーヒーとともに、問いかけられて視線をあげる。そこには控えめな声とは対照的に興奮気味のトアさんがいた。眼鏡の奥の真剣な瞳に釘付けになる。なかなかどうして、やはりここはイケメン揃いだ。 「西山さんですよね、磯川さんと対談した」 「はい。読んでくれたんですか?」 「はい!」  いきなりのハッキリ声に少しだけビクっとしてしまう。 「磯川さんを大好きすぎてちょっとオカシイことになっているのは自覚しいてます。高村さんのおかげでご本人に一度だけ会ったことがあるのですが、本当にいい人で感激したのです。その磯川さんと、あんなに面白い会話ができるって凄い!と感動したのに、僕は昨日ぜんぜん西山さんだって気が付かなくて、もうなにやってんだ!な気分で対談記事を家で30回以上読み返してしまいました。おかげでオコエが楽天に指名されたので楽天ファンになるための調べものをすっかり忘れるという失敗をしてしまったわけです。ですから、ええと、西山さんはすごいです、面白かったです!を絶対いつか言おうと思っていたら、なんと今日も来ていただけて、ありがとうございます!」  おどろいた……たぶん私はびっくりした顔をしていたのだろう。トアさんの顔が一気に赤くなったから。 「はわわわ、またやってしまいました。夢中になると話しまくる癖!いえ癖じゃないですね。そういう性格というか人間なので、失敗ばかりです。すいません」  なんだ、可愛いじゃないの。クスクス笑うことを止められない、なにせワインを一本あけたあとだ。

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