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「いえ、可愛いと思います」 「は?」 「可愛いですよ、一生懸命で」  トアさんはビキっと固まった。赤い顔は白くなってしまっている。不味いこと言っちゃったかな。いくらなんでも可愛いはないか。 「コーヒーのおかわり……いかがですか?」 「いえ、大丈夫です。これ以上水分をとったらお腹からカポカポ音がしそうです。チェックお願いできますか?」 「かしこまりました」  ギクシャク歩いて行くと予想したのに、相変わらずふわっとゆったり歩いていく姿を見ながら荷物をまとめて立ち上がる。お腹も満腹、心も満腹。  そしてこの店を恋しいと思う自分を簡単に想像できる。ここに来るために帰ってくるのも悪くない。たまには私のことを気に掛けてくれる人に会って自分を確かめる。それは必要な時間なのかもしれない。  レジに向かいカードを差し出すと、元部下営業のホープさんが会計をしてくれた。高村さんの保証付きか……一緒に仕事をしたら面白かっただろう。伝票にサインを促されて、サインをしてボールペンを返す。 「いつでも大歓迎ですから、またいらしてください。お待ちしております」  う……うわ。嬉しいんですけど!この人に言われると、特別感があるのは何故? 「ありがとうございます。また来ます」 「ええ、スタッフ全員お待ちしております」  その言葉がとっても心に響いた。名残惜しいけれど帰らなくてはならない。寂しいなんて久しぶりに感じる感覚だな、そんなことを自分に言いながらドアに手をかけたらトアさんが横にいた。 「西山さん、さっきはびっくりしまして固まりました。すいません、気をつかわせてしまいました」 「いえいえ、私の方こそ、ごめんなさいね。不躾なことを言っちゃって」 「西山さん、僕ずっと何かなと考えていたのですが、答えがわかりました」 「なんですか?」 「西山さん誰かに似ているなと、そしたら誰だかわかりました。ジャンヌ・モローです。大きな目とへの字口のせいかもしれません。西山さんのほうが可愛いですよ、僕なんかより」  おどろいた。この人、ド天然だ。こんな顔をくっつけて無自覚でなんてことを言うの! 「ありがとう……また来ます」 「お待ちしています。ジャンヌ・モローなら『エヴァの匂い』がおすすめです」  店の外にでて振り返ると、ガラスの向こうに手を振るトアさんが立っていた。私はデジカメを構えてその姿を捉える。  ちょうど雲がきれたのか陽を浴びて舞う雪がキラキラ光っていた。太陽の光がレンズにはいり、ガラスに反射した光とぶつかった格好になった。ディスプレイで確認すると、逆光のようになったシルエットのトアさんが立っていた。笑っている表情と眼鏡の存在が陰影の中に映りこんでいる不思議な写真。  店構えはわかるが看板は写っていない。笑顔の男性の姿、でも顔のつくりはわからない。雪が舞っているからおおよそどこの地域か見当をつけることができる。これだ、この写真を使おう。  フランスの大女優に例えてくれたお礼はしなくちゃいけない。ジャンヌ・モローは『死刑台のエレベーター』しか知らないけれど、トアさんのおすすめはレンタルショップにあるだろうか。決めた、帰ったらまずレンタルショップに行こう!コーヒーを飲みながら映画をみるのも悪くない。  私は来た時とまったく別人になって東京に帰る。そう、それが「SABURO」の魔法の威力の証明だ。 「face」-END

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