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november.7.2015  トアの異変?!

「どうですか、楽天の調べもの、すすんでます?」 「そうですね、ネットで検索すれば沢山の情報がでてくるのですが、それをするよりも試合を1年間見続ける方が勉強になると思いはじめました」 「ですよね~」  ハルさんとそんな話をした中休みを終えて、開店間近のSABUROです。  昨日理さん提案により、一部店内が模様替えになることになりました。さすが理さんですよ、正直まるで思いつかなかったですし、そもそも自分はどこの席だろうと問題ない。  最近思うのです、自分がそうだから他の人も同じだという思い込みが一番危険なのだと。自分が面白いと思ったから熱弁をふるうわけですが、相手が必ずしも同調するとは限らないのです。あげく僕の場合、相当相手との温度差がありますよね。それがわかっただけでも良かったと思えます。成長の証といいますか、なんといいますか。   ソクラテスの「無知の知」と同じ気がします。『俺は君よりバカなことを知っている、よって君より俺は頭がいい』……よくよく考えるとけっこう俺様な言いっぷりですね。これでギリシャの街を練り歩いた先がドクニンジン。先人を見習って謙虚に生きていこう。うむ、先人の知恵は無駄にするまい。 なんて考えておりましたら開店になりました!頑張りましょう!  なんでしょう、今日はいつもより視線を感じるのです。入店と同時にスタッフを見て~目を止めて~止めて~僕でピタと止まる。お客さん少し赤くなる。「ん?」と思ってもお客様には笑顔で接客がこの店のモットーですから「いらっしゃいませ」とお出迎えです。  テーブルのお客様にはこう聞かれました。 「あの……スタッフのおすすめが色々書いてあって……おすすめはどれですか?」  一瞬この構成文の意味がわからずキョトンとしそうになりました。主語はどこに?どれとはどこにかかっているのですか?と言いそうになって飲み込みました、はい。 「スタッフそれぞれのおススメをお客様に知っていただこうという試みなのです。ちなみに僕のおススメは「スカンピのトマトソースパスタ」です。スカンピは手長海老で旨みがソースに溶け込んでいますよ。パスタはご希望でリングイネに変えることもできます」 「美味しそうですね、それをお願いします」 「かしこまりました。追加は他にございませんか?」 「あの……」 「はい?」 「トアさんってお名前がトアっていう……?」  トアって言う……?その先はなんですか!とは言いません。はい。 「オーナーがつけてくれた呼び名です。本名は至って日本人の漢字四文字ですから」 「そうなんですか。すいません、変なこと聞いてしまって」  照れくさそうな女性お二人様にかるく頭を下げて厨房にオーダーを通しました。ハルさんがドリンクを作りながら言うのです。 「トアさん、なにかしました?」 「どういうことですか?」 「今日はトアdayかってくらいにトアさんのことばっかり聞かれます。今日の人気ナンバーワン状態ですよ?」 「何もしてませんよ?」 「ですよね~」  しかしその後もこの現象は続きまして、僕の名前の確認を含めお客様から声をかけてもらうことが多いのです。飯塚さんのことやミネさんハルさんならわかります。いつものことだし。 最近のニューフェイスである理さんのことを「新入りさんですか?!」なんてハートの目をした女性客に聞かれることも最近慣れてきました。しかし今日のこれは全然慣れない!何故僕ですか?  もしやズボンのチャックが開いていたチャックマン的扱いとか?うわ~それは30歳こえた僕にはキツイ現実です! 「あの、すいませんトアさん」  はっ、またもやお客様からのアプローチ。お見送りのタイミングですよ、なんでしょうか、お客様。出入口のドアに手をかけた時に言われたので振り返りました。やはり目を見て話さなくてはいけませんから。 「フランスの女優さんで、この人は巧いって方を教えてください」  なんですと?一瞬ポカンと口をあけそうになりましたが、仕事中です!僕はSABUROのスタッフです!アホズラするわけにはまいりません。巧い女優?ハリウッドではメルリ・ストリープ的な女優さんですかね。 「イザベル・ユペールでしょうか。彼女の『ピアニスト』は圧巻すぎて恐ろしさすら感じます。見て楽しい映画ではなく、むき出しの恋愛映画ですが、あれは見ておいて損はありません」  聞いたくせにキョトンとしたお客様はスマホを勢いよく取り出して「もう一度お願いします!」と言いました。なのでもう一度女優さんの名前と作品名を言いましたよ。ドアを開けて「ありがとうございました」とともにお見送り。いったい何事でしょうか。  その後も同様な質問をアチラコチラでされました。 「トアさん的、最強にかわいいフランスの女優さんは?」 「『8人の女たち』のメイド服姿のエマニュエル・ベアール。メイド喫茶の女子はこれを見習うべきです」 「透明感のあるフランス女優さんは?」 「人それぞれありますが、大人になってもシャルロット・ゲンズブールは素敵です」 「フランスって私カトリーヌ・ドヌーブしか知りませんが、彼女の出演作でおすすめは?」 「『昼顔』でしょうか。気だるい彼女は最高に色っぽいです」  この状況がおかしいことくらい僕にだってわかります!

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