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つづき
「誕生祝どうしようか」
帰り道を歩きながら理はサラっとそう言った。
「祝いってプレゼントか?」
「いや、そうじゃなくて。カンパ~~イしようぜ。俺が8日で衛が18日だろ?8日はちょうど休みの前の日だからヘベレケになっても大丈夫だし。その日はほどほどで、次の日昼間から宴会っていうのもアリだよな」
「まあ、そうだな」
理は「昼間あたたかくても夜になったら結局寒いのな~」なんて言いながら俺の隣を歩いている。その顔はとても穏やかだ。
誕生祝をすることは理の中で当たり前のことだから照れも何もないのかもしれない。本当のところはどうであれ、そう俺が思えることが大事なことだ。
「俺プレゼントに欲しいものあるんだ」
「何?」
「昨日ネットで赤ワイン6本セットを3箱買ったんだ。色々な味が試せます的なのね。それ月曜の午前に届くから、昼間の宴会にもバッチリ間に合う。
それで衛には「牛テールの赤ワイン煮込み」をお願いしたい!久々に食べたい!トロットロの牛テール。あれ最高に旨い。ブルグでライ麦パンを買おう」
理はすっと左手を空に伸ばした。
「指輪は、もうここにある。だからいらない。
スーツという戦闘服がいらなくなったから、シャツもネクタイもいらない。お前にもらったシャツがまだピンピンしている。
ピカピカの皮靴もいらない。こじゃれたカバンも時計も必要ない。
俺はシャツとパンツとギャルソンエプロン。衛は白衣とエプロン。これを着ている時間がほとんどだから、誰かに見せるための服もいらない」
「そうだな」
「俺達がお互いの誕生日を祝う。それって、ひとつ歳をとったねって確認することじゃないと思うんだ。
生まれてきたことに感謝して、出逢えたことを喜んで、一緒にいることを祝う。たんなるイベントじゃなくて、そんな風に考えているんだ、最近。
それはたぶん、何も言わないで誕生祝だぞって食事をした一昨年と、初めてプレゼントを交換した去年と、今の俺達の繋がりの違いじゃないかって。
衛と俺が一緒にいるってことが大事だから、プレゼントみたいな形になったものじゃなくていい。外で豪華な食事をするよりも、衛の料理の方が美味しいし、二人で飲む酒は格別だ。
ええと何を言いたいかっていうとさ~。二人で「誕生日おめでとう!」ってできることが最高のプレゼントだってこと」
胸がじんわりした。理の為のプレゼントはもういらない、俺達二人の為のものでいい。そう考えた俺と理の想いは一緒だ。
「互いの存在こそが最高のプレゼントか。そうだな、そのとおりだよ。俺の用意したプレゼントは二人の為のものだったから、俺達は気持ちも考えも寄り添っている。
なんだかくすぐったいけど、嬉しいな」
理はポカンと俺の顔をみたあと、盛大に赤くなってプイっとそっぽを向いた。
「ここが大通りじゃなかったら手つなげたのにな」
「ほんとだな、でももう暗い。外を歩いているのは酔っ払いばっかりだ」
俺はぐいと理の肩を引き寄せた。
「ちょっ!バカヤロ!」
「もたれてろ、顔だって赤いから俺が介抱しているようにしかみえないって。それらしく見えるようにもっと俺に体重掛けて歩け。じゃないともっと恥ずかしいことになるぞ」
理は素直に俺にもたれながらノロノロ歩く。通行人とすれ違うたびに「大丈夫か~」というわざとらしい俺の演技に電車の停留所に着くころには理もクスクス笑っていた。こんな悪ふざけみたいなことだって、二人にとっては大事な時間でプレゼント。
身体半分に感じる理の重さが俺達の幸せの証だ。
あとで、注文した物の届け先と日付を変更しておこう。ワインと同じ月曜午前中に届けば盛り上がるはずだ。俺が選んだ二人の為のプレゼントは、理が買ったものにピッタリなのだから。
日記帳をプレゼントにしなくてよかったよ。ホッと胸をなでおろしたことは、とりあえず秘密にしておこう。でも3年間を同時進行させていくという俺の願いは月曜日にちゃんと伝えるつもりだ。
乾杯をしながら、理に伝えよう。これから先の二人を想い合いながら。
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