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november.8.2015  happy birthday,satoru

 ……あったかい。  ……ここにもう少し……もう少し。  でもやっぱり開いてしまう目。また今日が始まるってことだ。  今日は日曜日。ランチの予約は3組。予約してくる人はそう多くはないが、電話をくれる人のほとんどが常連さんだ。油断したら満席!を避けるため、念のために電話をくれる。 「他の店に行くっていう選択肢はないのよね」そう言ってくれるすずさんの顔を思い浮かべた。高校生の頃から通っていると言ってたな。彼女の制服姿はどんな感じだったのだろう。今の格好の良い女性の代表みたいな人も、かつては10代の頃があって、今に繋がっている。  あ、今日俺の誕生日だった。昨日正明が一枚の紙をくれた。 『ちょっと調べてみたら、へえ~って思ったのでプリントアウトしちゃいました。当たってますよね。それで恋愛観のところ!最初怒るんですけど読み進めるとデレデレする飯塚さんの顔が浮かんできますよ。僕ね、もう昨日からずっと想像してニヤニヤしちゃってます』  本当にニヤニヤしている正明からもらった紙はどこかの占いサイトのプリントアウトだった。こういうのって、自分で調べたりしないので知らない誰かに自分が分析されたような気分になる。占いでの括りでいけば、自分と同じような人間が地球上に何人いるんだろう。中国においての占いの始まりは膨大な量のデータ、つまり統計学的な視点だったという説があるらしい。この生まれの人間はこういう傾向がある、といったもの。確かに太古から大勢の人間が生きていただろうから蓄積されるデータも膨大だったろうな。なんせ中国4000年の歴史だ。  通り過ぎていく物事を考えるともなしに漂わせる、この時間が俺は好きだ。一番無防備な起きぬけというシチュエーションで一日のスタートを切る少し前の時間。  今日もいい日であることを願い、いい日にすればいいだけのことだ、そう自分で納得するといい日になる。  一人で暮らしていた時、朝は不意に訪れてベッドから這い出す僅かの時間でしかなかった。 でも今は違う。自分以外の体温によってつねにあたたかいベッドの中で、ふわふわ考え事をするのはいい。ここに引っ越してきてから俺の朝は、まったく別の時間になった。それが嬉しい。  背中にある温かさがまもなくモゾモゾしはじめるはずだ。俺が目を覚めたことを察知する何かを持っているのか、俺が目を覚ましてから少しして自然に目を覚ます。  俺はしっかり抱き込まれている。背中から守られているようで安心というのが本心なんだけど、それを言った事はない。だって、けっこう恥ずかしい。  だから悟られないよう、寝るときは衛に向かい合って眠る(それはそれで喜んでいる風だ)  俺の身体に回っていた腕に力がこもる。軽く握られていた指が伸びて、おおきな手のひらが胸と腹に押し付けられるのもいつものことだ。  ちゃんと存在していることを確かめるような仕草は照れくさいし、何だかくすぐったい。 なんだよ、もう~とやり過ごしていると、うなじに唇が重なり「おはよう」が続く。 これはこれで、相当こっぱずかしい!  よく毎朝こんなことに耐えられているのか不思議だ。俺はこんな甘くてベタベタしたことはできないし、したこともない、ついでに言えば、この先も出来る気がしない。  それで丁度いいかと思う。こんな事お互いやり合っていたら、朝からどこの馬鹿か?な世界が繰り広げられるだろう。それはまずい、心臓がもたない。 「おはよ」  肩をぐいっと掴まれ身体が反転して衛の顔が目の前に。俺の安心背中が消えてしまったじゃないか、まったくもう。 「誕生日おめでとう」 「それさ、昨日……じゃない、今日に日付かわった時にも言ったじゃないか」 「でも、やっぱり朝こそ「今日」だって気がするじゃないか。日付がかわった瞬間も朝を迎えた時も一番は俺が言う。一緒にいる俺の特権」  衛はそんなことを言って笑顔を浮かべた。ずっと前から、好きだって自覚する前から、こいつの笑顔は最強で、まずいとかヤバイとか考え始めるきっかけになった顔。それは今俺だけにむけられているという事実に胸があたたかくなる。 「ん、ありがとう。18日は俺がそれをやるから約束だぞ。飲みにいったりはナシだ」 「俺も最初は理がいい」  どこぞのバージン女子のテレテレセリフみたいなの!なにそれ!なんだかどんどん恥ずかしくなる一方だし、仕返しをしたくなった。サイドテーブルの上においておいた正明プリントを衛に見せる。 「ん?なにこれ」 「正明がくれたんだ。これを読んだ衛を想像して一晩ニヤニヤして楽しんだらしい」 「まったく、北川はなんで俺をオモチャにするかな」 「お前がかわいいらしいぞ」 「エゲツない」  つまらなそうに文字を追い始めた衛は最初、へ~とかフンフンなんて言っていた。そしてピクっと眉間に皺が寄る。その皺は不機嫌オーラとともに深くなり……お、ちょっと緩んだ。なんだ、そのまんざらでもないって顔は。  たしかに正明の言った通りだ。ん?でもなんだろ、決意が漲ったのは何で?(表情だけで、色々わかっちゃってる俺も結構恥ずかしい人間だ!)

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