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<5月> 木曜の夜

 寝る前に備蓄してあるビールをダンボールから取り出し冷蔵庫に入れる。これが木曜の決まりごと。一人で飲むのは少し寂しい。ではなぜビールを箱買いしているのか?それは金曜日飯塚が来るからだ。  金曜日の夜。遅い時間までの残業や出張がない限り、仕事が終わるとヤツは俺の家に来る。いちおう毎回ご丁寧に「これからいく」と電話をよこす。電話が終わると俺は玄関の鍵をあけてボーと待つのがお約束。  ビールをダラダラ飲みながら待っていると飯塚の手料理が提供される。パスタや焼きそばなんていう一皿でOKな料理が多い(俺の台所にある調味料でできる料理は限られているそうだ)  そして終電前に飯塚は帰る。泊まっていけばいいのにと何度か言ったことがあるが『狭いじゃないか』と返された(1DKで悪うございました)  飯塚は玄関で靴を履きながら必ず言う。 ① 「俺が出た後、ちゃんと鍵かけろよ」 ② 「明日は久々に煮込みをするつもりだ」(①は毎回、②はそのつど違う)  これが毎週繰り返される。  そして翌日の土曜日。ダラダラと11:00まで布団の中でグズグズしたあと起き上がり、掃除をする。そのあと 洗濯。この順番は絶対崩せない。掃除をしながら片方だけの靴下を発見。カバンの中で複数枚に増えてしまったハンカチを出し、洗面所のタオルやら台所の布巾などをどんどんカゴに突っ込む。  掃除を終えたら着ているものをすべて脱ぎ洗濯機へ!ついでに発掘した品々も洗濯機へ!俺はマッパで洗濯物最終チェックのあとスイッチオン。そしてシャワーを浴びる。これが一番ロスのないルーティン。  家と自分の身体を清潔にした後、楽ちんだけど見苦しくない程度の服を着て飯塚の家に向かう。俺の家では作れない素晴らしい手料理が待ち受けているのだ!  14:00~15:00に到着したら酒をのみながらダラダラする。黙っていても何かしらツマミがでてくるから居心地いいことこのうえない。寛ぎすぎて昼寝してしまうこともあるくらいだ。 「ああ~休みって素敵だ」  テレビを見ながら呟くと横でフンと鼻で笑われた。 「見てればわかる。相当満喫してるよ、お前はいつも」 「掃除も洗濯も終わって、くつろぎタイムのあとは素晴らしいメシが待っている。至福至福」 「素晴らしいかどうかはわからんが、今日はロールキャベツだ」 「うお!そりゃあ楽しみだなあ」 「そういや、トマト味とコンソメ味とどっちが好きなんだ?」 「え?どっちってこれからつくるの?」 「いや今の段階ならどっちにもできるから、一応聞いた」 「すげえな」  俺はしばし考える。両方とも旨そうだし、どっちも食べたいのが正直なところ。さすがに両方は申し訳ない。  なんとなく米以外の炭水化物が食べたいような気がする。お!いいことを思いついてしまった。 「トマト味がいい!そしてリクエストがある」  飯塚はビールの缶を潰しながら立ち上がるところだった。ついでに俺もビールおかわりとばかりに空の缶を手渡す。 「リクエスト?ビールか?」 「ロールキャベツの旨みたっぷりなスープなんだろ?それをトマト味にして、麺じゃないパスタ?短かい系のやつ。あれを一緒にいれて食べたい!」   飯塚は可笑しそうに俺の顔を見た後、視線を斜め上に外した。パスタの在庫を確認中のご様子。 「たぶんペンネがある」 「なかったら買いにいってもいいぞ」 「大丈夫、絶対ある」  その後、ワインを飲みながら盛大に食べる。憎たらしいけどコイツの作るものは文句なしに旨い。近所にあったら毎日通ってもいいくらい旨い(近場にほしい、こういう店が)  食後、俺は皿洗いを担当する。料理以外は苦にならないから、これぐらいやって当然だ。  21:00すぎ、これ以上遅くなると腰をあげるのが億劫になるから、その前に帰り支度を始める。  俺は玄関までしか送らないが、飯塚は途中まで一緒についてくる。別にいいのにと何度も言ったが、コンビニに行くついでだと譲らない。近所のコンビニまで二人で歩き、飲み過ぎて水分補給が必要な時は一緒に店内に入って買い物をしたりもする。でもたいていは店の前で別れるのが普通。 「じゃあな」飯塚はそれしか言わない。 「旨かったよ、ありがとう。また月曜日」俺は感謝をこめて少し長い。  そう言うと飯塚はとても嬉しそうな笑顔を俺によこす。コンビニの明かりの中でも燦然と輝く男前の微笑みは、いつも俺のどこかをくすぐったくさせる。満腹も相まって、ホンワリ幸福感に満たされるのは何でだろうな。   帰宅後、1本だけビールを飲んで寝る前必ず俺は考えてしまう――あいつ日曜は何をしているのかな?って。

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