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<6月> 困ったヤサ男

「ほんと、お前の料理は旨いよなあ」  これだけ旨い顔をされて食べられたら、作った時間や何もかもがどうでもいいと思える。 日々「報われる」と思えることは少ないが(特に仕事では)毎週料理を提供すれば、それを味わうことができる。   武本は女性社員人気No.1の男だ。背はそれなりにあるし、少し目じりの下がった優しい顔立ちが安心感を与える。長く一緒にいたいと望めば「優しさ」は必須だろう。色白の面差しと滲み出る雰囲気で周囲を和ませる男。  対して俺は押しが強そうにみられる顔のせいで、そこらへんの女を食い散らかしていると思われている。「女の敵」と「女の味方」が社内でコンビを組んでいるのだから皮肉なものだ。  よくよく考えれば俺と武本は週のうち月曜から金曜まで会社で顔を突き合わせ、金曜の夜は武本の家に俺が行き、土曜は昼間から武本が俺の家にくる。  一般的な夫婦より長い時間を過ごしている現実……突き詰めるととんでもないものが飛び出しそうなので、考えることを止めた。 「いつか普通のシチュー作ってくれよ」 「普通の?」 「そ、白いシチュー。CMで冬になると放映されるじゃん」  普通のシチュー?誰でも作れるようなシチューの素を使った料理が食べたいってことか?今までの俺の創意工夫は無駄だってことか? 「普通のならコンビニやレトルトを温めればいいじゃないか。野菜と水を鍋に突っ込んでCMのとおりルーを入れたら武本でも作れるぞ」 「まあ、俺がつくればCM程度にはなるだろうけどさ」 「だったらそれ食っとけ」  武本は盛大にわざとらしいため息をついてみせる。その後フンというような顔を作り俺の顔を見ないで言った。 「俺が言った普通っていうのは白いシチューのこと。タンやビーフだっけ?茶色のシチューあるだろ?何回も作ってくれたじゃないか」  何が言いたいんだ。このヤサ男は。 「白くないシチューにだってびっくりだったし、すっげー旨かった。 だから飯塚が作ったら白いのも今まで食べたことのない素敵なものになるんじゃないかって考えたら……食べたくなった」  武本のリクエストがあればブーケガルニを少し工夫しようか、ルーなんか必要のない旨いシチューを食べさせたいと次々策が浮かぶ。すべては武本が旨そうに食べ、嬉しそうにする姿を俺が見たいから。  今まで付き合ってきた誰にもこんなやる気はでなかった。自分がまずい方向に進もうとしている気がするが、止められない。  報われる――そうだ!その代価に飢えているだけなのだと自分に言い聞かせ、浮ついた気分を落ち着かせる。 「おう、忘れたころに作ってやる」  平静を装ってぶっきらぼうに返した俺に向けられる「楽しみだな」と呟く武本の笑顔。やる気がみなぎる……最悪だ。  でも、どういうふうに武本を唸らせようか材料と工程を考えだすと、たまらなく楽しくなる俺がいる。  ほんと、困った男だ、このヤサ男は。

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