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<9月> 能ある鷹が爪を出す

「飯塚、話があるから、キリのいいところでミーティングルームにきてくれ」  外回りから戻るといきなり課長の声。向かいの席で「なに?」って顔をする武本に首を横に振って見せる。何かやらかした覚えはない。 「失礼します」  ミーティングルームには課長だけが座っていて、表情を見る限り怒っている様子はない。この呼び出しの意味が全然わからず居心地が悪い。 「まあ、座れよ。何で呼ばれたわかんないって顔だな」 「はい、まったくわかりません」 「だらだらまわりくどいのは嫌いだし、無駄なことはウンザリだ。単刀直入に言う。 お前ら辞める算段してるだろ」  予想外の爆弾に顔が引きつる。こんな顔をみられたら「違います」と言ったところで意味がない。この人が時折みせるキレキレな仕事っぷりを失念していた。 「手抜きした覚えはないのですが、バレてましたか」 「逆だな」 「……と言いますと?」 「何が、『と、言いますと?』だよ。取引先の狸オヤジを相手にしてるわけじゃないんだから、普通に話せ。ま、そのぐらい動揺してるってことか?面白れぇな」  ニヤニヤされて……正直打つ手がない。 「直感型のお前が随分考えて仕事をするようになった。先月の半ばすぎからだな。最短の距離で解決しようとしている。 おまけに武本はより馬鹿丁寧にスパルタで新人二人をこき使っているだろ? 甘いご褒美を与えて、さらにケツを叩く。おかしいって思うだろ」 「そんなに、あからさまでしたかね?」 「お前らを仕込んだのは誰だ?」 「……課長です」 「ついでに愛をささやきあったか?」 「はあ?」  内臓すべてが喉にせりあがるような気分だ……そんなに俺はわかりやすいのか! 「はあ?じゃあねえよ。ほんと笑えるな~飯塚」 「囁き合ってません!」 「まあ、それは置いといて、武本呼んでくれ」  俺はノロノロと席を立ちドアを開けてオフィスの武本に手招きする。不安そうな顔で近づいてきた武本に耳打ちをした。 「ばれた」  武本がスっと息を吸い込んだ。 「さてと、武本。飯塚がゲロったぞ」  いや俺は一言もいってないですよ。恨めしそうな顔をしていたのかもしれない、向かいの課長が嬉しそうにニヤニヤしている。 「武本、お前のエンドじゃ長すぎる。飯塚は年内いっぱい迄、そのつもりで」 「ええ?」  ほらな、え?とか、はあ?しか言えないだろ。 「お前ら二人で仲良く仕事することに慣れちゃって、俺の存在忘れていただろ?」  何が言えるというのだ、俺達は無言で課長の顔を見るしかない。どっちが狸だ。 「辞める本当の理由を言ったところで上は納得しない。そうだな……飯塚の親父さんの事業の都合ってことにしておくか」 「俺、今まで父親のこと言ったことありましたっけ?」 「記憶にないな」 「なんで……そんな」 「俺は部下の把握を怠らないってだけだ、他意はない。飯塚は家の事情で仕事を辞めますと言えばいい。誰も文句の言えない一身上の都合だ。 『詳しいことは課長と上層部しか知らないみたいだし、飯塚から細かいことは聞いていない』武本は聞かれたらこの説明でいいだろう。今更料理人なんて誰が納得するんだって話」 「それも……俺言ったことありましたっけ?」 「記憶にないな」  この人の言う部下の把握というものが、いったいどこまでなのか……あまり考えたくない。 「武本?」 「あ、はい」 「やれやれ。そんだけ動揺した顔をしてれば不必要なことを口走ることもないだろうな。 質問~能ある鷹は爪隠す。これ何故だかわかるか?」 「出る杭は打たれる……からですか?」 「ことわざ返しか。お前のそういうとこ好きだぞ、俺は」 「はあ」 「お前のことだから、ある程度場を整えて飯塚が辞めると言いだしても現場が困らないようにしようと考えたんだろ?」 「……はい」 「能ある鷹は爪隠す。それはな、自由に飛ぶためだ」 「え?」 「ようやく顔あげたな。お前の目論見通り、盤石の態勢と無敵のチームを作ったとする。それで、そのあとどうなる?飯塚が一抜け~って言っても誰も認めてくれなくなるってこと」 「いや、でも」 「できる男を手放すと思うか?石川や渡辺が今辞めるといっても、しょうがないなで終わる。でもどうだ?お前らに役職がついて、新しいプロジェクトなんぞがもちあがったり、新しいセクションで違うステージが用意されたら一抜けなんてできなくなる。それにどうする?お偉いさんの娘や姪の縁談でも押しつけられたら」 「課長……そんな」 「そんな~じゃないぞ、飯塚、これが現実だ。今ならもったいないから引き止めはするが仕方がないなと言ってもらえる」 「そこまでは……考えていません…でした。」 「そうだろ?武本、だからお前はまだまだなんだよ。俺がお前の上に居座れているのは、そういうわけ。 石川と渡辺に話通してこい。箝口令ひいとけ。もう一回いうぞ、年内だからな」 「……はい」 「そうすれば忘年会と送別会の抱き合わせもできるし、取引先の宴会や年末の挨拶と引き継ぎも全部いっきにできる。まさに無駄なし!以上。武本はもういいよ」  部屋をでていく武本の姿を追うことはできなかった。目の前にいる課長を見るしかない。 「飯塚。これはメガトン級のカシだからな」 「カシ……ですか」 「そ、カシ。俺にとってこの会社は人材農園だからさ。俺の手駒がどこにいようと自分の懐の中にあれば問題ナシ」 「人材農園って何ですか?」 「まだ、それを詳しく話タイミングじゃないな。俺のビジョンは壮大だからな」  課長は肘をついて、下から視線を投げてよこす。この顔……怒るときか逆らえない命令を言う時だ。 「悪いけど、武本はやれない」  さっきからなんだっていうんだ、こいつは! 「ふふん、そんな顔もできるようになったんだな。どんな顔したってやれないものは無理だ。お前の手綱を離しても武本はまだダメだ。お前さ「ピンポン」読んだことある?漫画のほうだよ、映画はダメだ」 「ありますけど。それがなんですか?」 「お前がペコで武本がスマイル。なにもお前が天才肌だって褒めてるわけじゃない。スマイルと同じだよ、武本は。お前と一緒にいると、お前と遊ぶことしかしない。武本の能力の浪費だ。だからあえて、このタイミングでお前らをバラすことにした」 「いや!でも」 「イヤでもクソもないってぇの。こんな理解ある上司いるかって話だろうが!」  いきなり大きな声をだされて、無意識にビクっとなった。 「なあ、飯塚。物事に執着もないくせに人並み以上に何でもできて男前って嫌味にもほどがあるだろ。ただお前にとって違うのは武本だけだ。 これから先一緒に歩いていくつもりなら、今は離れろ。別に逢うなとかそういうことではない。違うフィールドで努力しろって話だ。ちゃんといつか戻してやるから」 「いつですか?」 「わからん。お前ら次第だ」 「……」 「だから、ちゃんと捕まえておけ。顔を突き合わせなくても大丈夫だって思える関係に発展させておけよ」 「さっきから、知ったふうなこと言うんですね」 「まあな。女の武器が男に効力を発揮するのは何故だ?」 「……武本みたいな、ことわざ返しは無理です」 「拗ねてるお前はかわいいぞ。答えは下半身が節操ナシだからだ」 「何が言いたいのかさっぱりわかりません」 「頭と心と下半身、その三権分立が成立してるのは男じゃない、女だ。男は理性が一番脆くて、頭が次、最強が下半身だ。『頭ではわかっているのに』ってよく聞くじゃないか」 「だから……何がいいたいのかさっぱりです」 「お前がグズグズしている間に、そうだな、石川や渡辺が尊敬や憧憬を愛情だと思って、とっちらかったらどうする?今はお前が抑止力になっているけど、それがなくなる。女子も同様、今までお前と分散していた意識が全部武本に向かうぞ? そしてお前は傍にいないときたもんだ」 「……楽しそうですね」 「楽しいついでにもう一つ教えてやろう。BY企画の川本、あいつ契約成立させてやるから接待ゴルフで手を打つと言ってきたことがある、武本をよこせって」 「ゴルフくらい、よくある話じゃないですか」 「1泊二日のお泊り接待だぞ?」 「……まじですか」 「おおマジ。武本はなかなかの人タラシ君だよ、俺も油断できない毎日なわけだ。そんな取引条件は握りつぶしたけどな。かわいい部下を人身御供になんかできるか。 わかっただろう?俺の言いたいことが。ちゃんと首輪つけておけ。不本意な縁談がきたとしても、言い寄られても撥ね付けるだけの力をお前がつけてやれ、飯塚にしかできないからな」 「……」 「縁談断って仕事がしにくくなるなら、それはそれでアリだしな」 「……そんな話あるんですか?」 「いや~まだない。でも先のことはわからない。言っておくけど、お前らと俺の関係性においてはAからZプランまであるからな。俺としては二人セットのほうが楽しいわけだ」 「敵いませんね。課長には」 「当たり前だろ、誰がお前らを仕込んだと思ってるんだ」  そう言ってふんぞりかえった課長は憎たらしいけれど、できる男の権化みたいだった。結果オーライ……そう納得するしか俺には道がなさそうだから考えることをやめた。だって無駄だろう?  俺には優先しなくてはいけないことがある。武本の『首輪』をどうするか。これこそが最優先項目だ!

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