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<10月> ヤサ男、退路を塞がれる

「武本~ちょっとこい」  ミーティングルームの前で課長が手招きしている。さて今度はなんでしょうか?  俺と飯塚の企みはまんまと見透かされ、想定外のエンドが組まれた。おかげで毎日多忙を極め、最近は石川、渡辺の二人もすっかり無口になってしまっている。 「飯塚の話と、お前に関しての2点」 「はい」  座るなり課長は本題にはいった。俺に関してって、いったい何があるのか。先の見えない話に不安感が増す。 「まず飯塚。来月に退職の話をオープンにする、離職手続きや年末の段取りもあるし、有給の消化だってしなくちゃいけないだろう?」 「……有給」 「まったく考えてなかったって顔だな。引き継ぎもあるし、どのタイミングで有給消化するかは飯塚と話し合って報告をくれればいい」 「わかりました」 「外野が騒がしくなるぞ~」 「……嬉しそうですね」 「何事も物事楽しまないとな」  有給のことは失念していた。アイツは何日ため込んでいんだろうか。またひとつ懸案事項が増えた。 「それと、武本。お前は俺がいいと言うまで退職させないから、そのつもりで」 「え……」 「え、じゃない。飯塚が居なくなって、ちょっとしたら頃合いだなんて考えていただろう?」 「課長が言ったんです」 「なにをだ」 「タイミングを逃したら一抜けできなくなる、そう言いましたよね」 「言ったな~」 「だから……」 「じゃあ聞くがな、お前、飯塚と何がしたいんだ?」  アイツの傍で、サポートをする。俺はそう飯塚に言った。俺はアイツの横で何をしたい?何をするべき?突き付けられた質問に俺は答えを持っていなかった。 「一緒にいれば何とかなるってか?何~~にもならんよ、お互いにな」  なんでこの人の言うことはいちいちごもっともなんだろう。自分の未熟さが嫌になる。 「飯塚の作った料理をお前がサービスするか? それはできるだろうな。お前ホテルで働いたことあるだろう?」 「……そんなこと一度も言ったことありませんよ?」 「確かに聞いたことはない。人間っていうのは言葉にしなくたって沢山のことを晒して生きている」  この人相手に何を言ったところで勝てそうにない。俺は黙って聞くことにした。 「飲み会で大皿料理がくると、お前がさっと取り分ける、サーバー使ってな。両手使っているのは見たことがない、片手でチャッチャとサーブするだろ?おまけにあれはジャパニーズスタイルだ」  そう、そのとおり。入社した頃からいまだに取り分け係だし、俺はジャパニーズスタイルしかできない。 「土産にケーキをワンホールで買ってきたヤツがいただろ?それもお前が切り分けた」 「そうでしたっけ?」 「そう、綺麗に9等分にしただろ?8や6に切り分けるのはできるが、奇数の等分は難しいんだよ、一般人には」  そうかもしれない。叩き込まれたから出来ることなのだ。9等分は12時と5時に切り目をいれて、狭い方は4等分、広い方を5等分。7や11等分も時計の針で覚えておけば切り分けることができる。 「ジャパニーズスタイルを使うのは、そこそこのホテルでレストランではない。ケーキの等分もできるからホテルだろうな。パーティーや披露宴の宴会部門でバイトだろ?」 「恐れ入りました」 「お前、観察力あるんだからもう少し注意深く様子をみれば、今より色々なものがみえてくるぞ」  この人の存在を失念しているあたり、俺も飯塚もケツが青い若造だ。 「コックとウエイターが「将来自分たちの店がもてるといいね~」ってか?それがお前のやりたいことか?飯塚もお前も男だぞ?そんなヌルイ生活で満足できるのか?それがお前の望む飯塚のサポートか?」  言葉にならないとはまさにこのことだ。俺は飯塚と何を目標にしていこうと?ビジョンを持てなんて偉そうに言ったことが恥ずかしくなる。飯塚と一緒にいるのはあくまでも俺の「希望」でしかなく、ビジョンには程遠い。自分の青臭さが鼻につく、くそっ。 「だからお前は俺の下に居ろ。この3年でお前には考えることを叩き込んできた。これからは次のステップだ。楽しむことを教えてやる」 「楽しむ?」 「そ、楽しくないと退屈だろ?それを追及したら、金が作れる。金があればもっと楽しいことに手がだせる。 旨い料理を提供する、じゃあ他に何がある?ビジネスとして成立させるから楽しんだよ。 委託で学食や社食やってるわけじゃないんだからさ、もっと楽しいこといっぱいありそうだろ?お前は「シバリの中でどれだけ自由になれるか」これを身に着けろ」  ビジネス、シバリ、退屈、楽しい……このキーワードが並んでも今の俺はこれをピースにして組み立てることすらできない。なんだか可笑しくなってきた、俺ってけっこうバカだな。 「能ある鷹は爪隠す。それは自由に飛ぶためだといっただろ?それだって縛りがあるなかで自由になるためのひとつの表現だ。 アレもダメ、こっちはダメ、ダメダメばかりでは何もできないし、前進できない。 だがなダメの裏にはGOが隠れているんだよ。ダメをひっくり返してこそ面白味がある。今はわからなくてもしょうがない、でも俺がそれを見せてやる」  できるかどうかなんてわからないけれど、この人についていけば迷わないことだけは理解できる。 「俺の言わんとするコトがわかるか?武本」 「はい、十分に。かといって何を手始めにすればいいのかサッパリですが」 「それはそうと飯塚は何か言ってたか?」 「何かとは?」 「こないだ、お前が出たあとに俺言ったわけ。武本はやらないからなって」 「飯塚に?」 「そ、飯塚に。お前に言わなかったのか。拗ねてる飯塚ってのも面白いよな」 「別段拗ねたような様子じゃないですけどね」 「ふふん。お前さ~飯塚と遊ぶことしか考えないだろ?だから二人をばらすことにしたの、俺」 「いや……そう言われても」 「ま、いいさ。機が熟したら、お前らの楽しいステージがやってくる」 「とりあえず、課長の敵側じゃなくてよかったです、ホント」  この人には一生敵わない、でも下にいれば俺は成長できる。そしてそれは飯塚のメリットになるはずだ。そういうことなら、俺は前を向いてこの人と歩いてみよう。  飯塚と同じ仕事じゃなくても、俺にはできることがある!

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