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<11月> それぞれの11月-1

「飯塚さんって社長さんの息子だったってこと?」 「ってことは跡取り?」 「うわ~こんなことならもっとアタックしとけばよかった」 「あんたじゃ無理だって~」  声がでかい。 「社外にも社員がいるってこと考えないんですかね」  憮然とした石川が俺の前でコップの水を一気飲みしている。 「仕切りで見えないしね。彼女達の視界には社内の人間が映ってないってことだ。あそこが居なくなってから帰ろうな」 「武本さん、優しすぎですって。俺一人だったら、わざとゆっくり歩いてやりますよ! なんなら今トイレに立ちますよ!」 「昼飯がまずくなる。意味のない会話はスルーしとけよ」   課長の言ったとおり、飯塚退職の話が公になったら騒音がひどくなった。お前ひとりじゃカバーできないだろう?そんなことを言って、飯塚担当のクライアントを狙う輩もでてきた。冗談じゃない。 「あんな女の子の話なんてかわいいもんだろ?」 「身の程知らずですよ、あいつら」 「飯塚と俺で開拓したクライアント。他のやつらにくれてやる気はないからな」 「当たり前じゃないですか!」 「そういうこと、俺達が気にしなくちゃいけないのは男どもだ」 「ですね。ペーペーの俺にだって意地がありますから」 「頼もしいな」 「頑張り続けましょう、武本さん」 「うん」  そう、俺はここに残ってやることがある。  久しぶりに、俺の部屋には飯塚がいる。今日は金曜日……あんなに毎週顔を合わせていたのにな。人は適応することができることが救いなのかもしれない。 『俺にかまっている暇はないだろう』言ったのは俺だ。  飯塚が俺の生活の中から少しずつ減っていくことに必死に慣れようとしている。仕事が一緒ではなくなるだけだし、同じ市内に住んでいる。 電話だってつながるし、顔がみたければすぐに逢いにいけるというのに。  世界中にいるたくさんの遠距離恋愛のカップルを素直にすごいと思える。  飯塚と逢ってから……自分の気持ちを自覚してから、俺は色々なことに驚いている。今まで通り過ぎて心に留めなかったものが、今はしっかり引っかかりを残す。  人を好きになるということは恐ろしい。相手をとりまくすべてを欲する力は絶大だ。妄執・執着・嫉妬・欲望・羨望・独占……こんなものを抱えているくせに、それが「恋」という言葉にすると綺麗なものだと錯覚してしまう。   「明日、お前何してんの?」 「明日?」  飯塚がそう言いながら俺の顔を見るから、それだけで幸せだと思える。「恋」の持つ浄化作用は最強だ。 「北川から連絡きてない?」  正明と飯塚。知り合った経緯は聞いたし、だからどうということはないが、俺は飯塚との時間を削っているのに何故正明が?と思う自分が心底嫌になる。「恋」の持つ腹黒さは最悪だ。矛盾にまみれた諸刃の剣。 「俺と武本に時間とってくれって」 「なんかあったのかな」 「さあな、武本に逢うのが一番の目的で、俺は呼び出し係だろうな」 「呼び出し?」 「今、忙しいだろ。それでお前が断るかもしれないって。で『飯塚さんが来てくれって頼んだら理さん、絶対断れないでしょ?』だそうだ」 「まったく」 「ほんと、アイツかわいい顔して、えげつないよな時々」  かわいい顔……俺はその言葉を頭のなかで捻りつぶした。

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