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それぞれの11月ー3
「まさか、北川に先をこされるとはな」
「先?」
「まあ、おいおい」
飯塚がワイングラスを右手に2個、左手にワインボトルをぶらぶらさせて台所から戻ってきた。なんてことのないこういう姿に思わず見惚れてしまう。コイツなら三本線のダサいジャージの上下でママチャリを立ちこぎしてても格好いいんじゃないだろうか(俺の頭は膿んでいるのかもしれん)
「お前もあと少しだな。課長にバレてからあっという間だった」
「俺はいいけど、大変なのは武本だろう」
「んん、さっき正明が言ったし。戦場が違っても同志だって。あいつはいつも俺を持ち上げる」
「しかし……えげつないと思ってたけど、怖いぞ、北川は。あんな顔だけに」
俺達はソファに並んで座り、何を話すでもなくワインを飲む。本当に久しぶりだ。こうやって何もしていなくても、違う事をしていても、居心地が悪いなんて思ったことがなかったんだ、これが俺達の土曜日だった。
ワイン2本が空になりそうになった頃、かじっていたフランスパンを皿に置いて飯塚が言った。
「今日泊まっていけ」
「なんで?」
飯塚はワイングラスを置いてソファの背もたれに体を預けて伸びをする。
「なんでだろうな。そんな気分かな」
「気分……かよ」
「腹は?」
「なんだかよくわかんない。変な時間から喰いっぱなしだろ?ちょっと飲みすぎかもな、少し眠たいし」
「じゃあ風呂に入るか」
飯塚はよっこらしょな感じで膝を叩きながらむっくり立ち上がり風呂場へ消えた。
えええ~と。泊まれ、そして風呂って……。俺の脳内は相当爛れているみたいだ。俺はともかく飯塚にすれば友達を泊めて、人として風呂に入ってさっぱりしようってことだろう。
断る方が変なので、風呂をありがたくいただき着替えを借りてヌクヌクする。風呂は正解だった、適度に酒も抜けたし、またおいしくビールが飲めたりする。
ソファの上で体育座りしながらビールを飲んでいたら隣の部屋に呼ばれる。そこはベッドがある部屋……平常心だぞ、俺。
「なに?」
ベッドに座っている飯塚が床を指さすから、下に目をやると包みが5つ。これは?
「こうやって並べると、ヘタレのひどさにあきれる」
「えっと、これはなに?」
「一番左は、去年の11月に買った。次はクリスマス。真ん中はバレンタイン。次がホワイトデー。一番右が今年の11月」
「で、なに?」
「……シャツ」
「……」
「覚えてるか?朝の立ち寄り頼んで、シャツやるったらいらないって。でも看病のお礼には足りないからシャツくれって。俺すぐ買ったのに、渡しそびれたら渡せなくなって。
イベントを口実にしようとして買ったのはいいけど、意識しすぎて切っ掛けがないまま、次のイベントがきて、包みがどんどん増えた。笑えるよな」
「どうなったのかなとは思ってたけど。俺が具合悪かったりポンコツだったから気使ってスルーしたんだろうなって」
「スルーじゃねえよ。ご覧のとおりの貯めこみだよ、ダッセ~」
「開けてもいい?」
飯塚は黙って頷いた。俺の手が震えていて、それがいったい何でなのかわからない。緊張でもない、驚きはあるけど、それとも違う。なんだ、なんだ、どうしてだ。
「それは、あのスーツに合わせたらいいと思って選んだ。んでこっちは、あのグリーン系のネクタイと……」
飯塚が何か言っているけど、遠くで何かが聞こえているような、そんなおぼろげな音でしかなくて。自分が消えてしまうような気がして、しっかり自分を抱きしめる。肩も腕も震えてる。そうか、わかった。喜んでる、身体が、俺が、心が、脳が。「歓喜で震える」ってこういうことなんだ。
「お前どうしてこういうことすんだよ」
床にすわりこんだまま飯塚を睨みつける。そうでもしないと零れてしまいそうだった。涙も、俺の心も想いも、なにもかも全部。
「もっと早く渡せばよかったな、ゴメン」
男前がベッドからおりて床に座ってそう言った。ついでに髪をクシャっとされて、本格的に溢れてきそうになったのを誤魔化すために勢いよく立ち上がる。
「飯塚、仕返しがある!」
俺はソファの横にとってかえすとカバンごと持って飯塚の前に座った。
「俺はイッコしかないけど、これどうぞ」
包み5セットってなんだよ、あげく1年がかりの貯めこみって……コノヤロウ!飯塚はオソるオソるな感じて包みをあけている。俺のお粥を食べた時もこんな顔してた。
「これって……」
「俺は素人で、よくわかんなかったからインスピレーションで決めた」
「これって……」
「仕事で使えなかったら家用にすればいい。でも本心は使わなくても仕事場には置いてほしいな」
「なんで……」
「なんで?」
「俺、一本買うつもりでいたから、ちょっとびっくりして」
驚いたのか、そうか。それならお返しになった。
「堺や岐阜産なら俺でも知ってるけど、それ出雲の刃物なんだってさ。
高いのはちょっと手がでなかったから最高級とはいえないけど。
出雲には神様が沢山いて縁結びで有名だ。だからこれからお前もお客さんと縁ができればいいなって。気休めかもしれないけど」
俺の下心も無きにしも非ずだったりする。この包丁が俺と飯塚の縁を切らないためのお守りになってくれればいい。密かな願いを込めてこれを選らんだ。
「飯塚……?」
俺は目の前の光景に口をつぐんだ。男前が泣いている……涙をこぼして。無理やり笑おうとして失敗して、涙をひっこめようとして顔をしかめる。
「選んだかいがあった」
飯塚が抱えている包丁の箱を床にそっとおろして、ベッドにひっぱりあげた。たぶん顔をみられたくないだろうから、俺はしっかり後ろから飯塚を抱きしめる。
二人で布団にくるまって静寂の中互いの鼓動を聞いていた。
「飯塚?俺はもう大丈夫。絶対大丈夫。もう落ちたりしないしへこまない。お前がいるから大丈夫」
俺の宣言に飯塚は無言だった。
「冬の醍醐味は湯たんぽなんだろ?」
抱きしめる腕に力をこめたら、胸の中で背中が震えた。この温かさがあるから俺は大丈夫。強くなれる……なってみせる。
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