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9<シタゴコトの行く末>
リクエストのお題は「飯塚狙いの女子客」
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これは私に「GO!」と神様が言っているに違いない。ついつい足が向いてしまう「SABURO」の前に立つ私の視界に入った貼り紙。
『ホールスタッフ募集!』
このチャンスをものにしないでイツ動けって話しですわよ!気持ちが上ずりすぎて変な言葉になってしまった。そのぐらいこのタイミングは絶妙。バイトを辞めたばかり、彼氏と別れたばかり。時間はたっぷりある。勢いよくドアをあけて店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
くうう、この笑顔も捨てがたい。年上のお姉さん達に絶大な人気の彼は可愛がられ度が半端じゃないハルちゃん(と心の中で呼んでいる)
正規ファンのお姉さんたちは「ハル君」と声掛けしているので、ハルちゃんなんて呼んだら睨まれそう。
「カウンターでよろしいですか?」
間違っても「お一人様ですか?」なんて聞かない。カウンターでいいかときかれて「ハイ」と答えればお一人様「イイエ」と返せばテーブル席に。
心遣いとスマートな対応。ハルちゃん、それはあなたが編み出した技なのかしら?(私にできるだろうか)
あえてのカウンター席。なぜならここは特等席だから。厨房にいる二人を眺め放題!難を言えば、カウンターがいつもおひとり様女子が鈴なりになっているということ。ライバル多し。しかも派閥がしっかり存在する。「実巳派」と「飯塚派」
私は断然「飯塚派」
この正統な美男子は寡黙。ベラベラしゃべる男なんか最悪だし、いくら顔が良くても絶対ダメ。そして時折見せる微笑み。カウンターで複数発生する「ほう~」というタメ息に、飯塚スマイルの最強さが伝わるというものです。
ここで毎日働けたら、この顔を拝み放題!そして彼女の座をゲットする近道。こう見えて居酒屋やレストラン勤務の経験はあるし、頑張ります!の熱意は半端ない。
ランチを美味しく頂いた後、募集に興味があると伝えると面接をしてくれることになった。ランチ営業が終わったあとの14:30すぎに来てくださいとのこと。午後の講義はぶっちぎることにした。飯塚さんの為なら単位があぶなくなったってどうにかするに決まってる!
<14:25>
遅れず早すぎず、これ鉄則。店内はちょうど最後のお客様が帰るところだった。一番端のテーブルに案内され、背筋を伸ばしてイスに座る。立ち振る舞いは大事だし。
厨房から飯塚さんが出てきてこっちを見た!軽く会釈すると、怪訝そうな顔をされてしまう。えええ~~~もうちょっとニッコリとかあってもいいのに(でもこの愛想がないのも魅力)
実巳と(呼び捨てですいません)何事か会話を交わして納得したように頷いた。そうです!私がもう少しで貴方の同僚になります。
そのあと実巳が指を差し、そこに飯塚さんが座った。背を向けるかと思いきや、素敵な顔を拝める絶好のポジションです!(でかした実巳!)
「少し待ってもらえるかな、電話かけなくちゃいけなくて」
カウンターから実巳が私に言うので了承のしるしにコクコク頷く。いくらでも待ちます。飯塚さんを見放題のひとり占め、むふふ。
髪アップにしたほうがよかったかな、メイクもフワフワな感じに仕上げたけど、子供っぽかったかな。
どういう人が好みなのかな……やっぱり綺麗じゃないとね。私は綺麗ではない、でも可愛いと思う。割とモテるし、たぶん間違ってない。私は可愛い、私は可愛い。
「そそ、今すぐお願いできる?だって店の明暗をわける案件だから」
実巳は誰と電話なんだろう。明暗?何か問題でも発生したのかな。
【 prururururu…prurururu 】
携帯の着信音が鳴って、面倒くさそうにポケットからスマホを取り出した飯塚さんの表情が変わる。なに?この嬉しそうな、とびきり優しい顔。初めて見た……かも。
「めずらしいな、どうした?」
少しだけ眉間に皺、誰だろ。
「サト……って」
サト!相手は女?
「わかったよ。そういうことなら仕方がないな。それでタヌキオヤジはどうだった?まるめこんだ?」
タヌキ?キツネでもタヌキでもどうでもいい。気に入らないのは何でそんなトロトロの顔をして電話してるのかってこと。
「さすが二課のホープ。今月の予算も問題なさそうだな。へえ、まだイケる?……どこ?
お前気をつけろよ!あそこの草野!あのエロオヤジはお前狙いなんだからな。
何ならついて行こうか?心配だ」
エロオヤジはお前狙い→心配……実に気に入らない。
「あははは、じゃあ今月達成したらご褒美だな、何がいい?」
ご褒美って?なんだか甘い、甘々な響き。
「うん。うん。いいよ。ローズマリーたっぷりのフォカッチャとビーフシチューな。
旨くて腰が抜けるようなの作ってやる、そうそう」
SABUROにもないメニューを独占できるって誰?
「ええ、言えるかそんなこと!え?本当か?言ったら今晩来てくれるのか?」
なに?飯塚さんが「来てくれるのか?」って「来い!」でいいでしょ!
「……わかったよ、言うよ……愛してる」
頭から冷や水をかぶった気分、それぐらいに氷点下に下がりきった私の情熱。
愛してる?今晩きてくれるのか?
ご褒美?ローズマリーたっぷりのフォカッチャ?ビーフシチュー?
トロトロの笑顔。それになに?今なんか顔真っ赤で切れた電話を大事そうに握っている、その乙女な姿は本当に飯塚さん?
サト恐るべし。そして飯塚さんはデキる彼女にベタ惚れということだ。寡黙さがイイとか、たまに見せる微笑みが素敵とかデレデレしてたけど。
この短い電話中、飯塚さんの見せた表情は全部初めてみる顔だった。羨ましい!サトって人は飯塚さんの色々な顔をどれだけ知っているのだろう。
レベルが違いすぎる。小娘が挑むには敵が偉大すぎる……。すっかりテンションが落ち、敗北感オーラだだ漏れ状態の私の所に実巳がやってきた。
「面接どうする?もう帰る?」
「……帰ります。すいませんでした。失礼します」
振り返ることなく店を後にする私。今度お客さんで来るときは、誰かとこよう。テーブルに座って、料理を楽しむために此処に来よう。
あああ……ぶっちぎった講義が完全に無駄になっちゃったわ。
<さてさて、SABURO店内では?>
「今の子面接じゃなかったのかよ?」
「お前とサトルの電話で戦意消失ってとこだな。あの子お前を見る目がキラキラしてたもんね、毎度毎度。だからね、サトルにお願いして飯塚に電話してもらったの」
「はぁ?」
「鉄仮面がラブラブモード全開になった顔を見ても根性みせるなら雇ってやろうと思ったけどね、さっくり帰ったし。俺も無駄な時間を省くことができたってこと。
しっかし『愛してる』をお前に言わせるって、すっげ~~のなサトルって。いや~タマゲタたまげた」
「うるせええ!」
「怒鳴るな、照れるな、下むくな。牛のスネ、月末にやるからそれで勘弁な。ご褒美はシチューなんだろ?
お~~い、ハル。今日はクズ野菜タップリのトマトクリームパスタでいいか?」
「ミネさん!最高です!ミネさん愛してます!」
「ほ~~ら。飯塚、お前もこんくらい当たり前にサトルに言ってやれよ、毎日な。
そしたら毎日部屋にきてくれるかもよぉ~~」
眉間にしわがよったあと、飯塚の顔が「ん?」という変化を見せる。マジかよ!真剣検討中か?かわいいじゃないの、笑える。
すごいのはやっぱサトルだな。この男がこんなに一喜一憂だもんね。お願いだよ、おじさん!早いとこサトルをSABUROにくれ!
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